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第16話 貴臣の口移し

 貴臣の舌先が喉の奥まで届く勢いで押し込まれてきたので、勝手に喉が上下させて液体を飲み込んでしまった。  こくん、と喉が鳴った音がはっきりと聞こえて、やってしまったと思った。  唇を離され、穴が開きそうなほど貴臣に見下ろされる。   「お前……マジッ……ふざっ……」  クスッと笑われ、力が抜けてしまった俺はベッドに付けていた背中をズルッと滑らせた。  少量ではあるが飲んでしまった。これは確実に俺の体に響く。  貴臣と唇を合わせるのはこれが初めてではない。  風邪を引いて寝込んだ時、起き上がるのが辛くて薬が飲めないと言ったら口移しで飲ませてくれたことがあった。あの時は心底驚いたが「兄弟なんだから普通ですよ」と言われたので、変に騒いだり意識する方がおかしい気がした。  貴臣はもう一度素早くカップの中身を口に含んで顔を寄せてきたので、肩を押して抵抗する。 「やだやだっ! マジでやっ……」  俺の貧弱な細い腕じゃ、石のように硬くがっしりとした体躯の持ち主を止める事は不可能だった。  また舌先で唇をこじ開けられ、生暖かい液体を流し込まれる。  まるで獰猛な肉食獣だ。食らいついた獲物はてこでも離さない。  唇を離そうとしてもがっちり塞がれていて、息が出来なくて苦しくなった俺はまたしても紅茶を飲み込んでしまう。  くちゅっとわざと卑猥な音を鳴らせてから顔を離した貴臣を、じとっと目を細めて睨んだ。 「……なにしてんの」 「美味しかったでしょう」 「味なんて分かんなかったわ!」  正直、クセがなくて飲みやすくフルーティーな味わいではあった。  唇から少しこぼれたらしく、Tシャツの首元が濡れて気持ち悪い。いやいやだから、こぼれたとか濡れたとかも禁句にしよう。もう勘弁してほしい。  貴臣は余裕の表情で椅子に座り直し、今度はマドレーヌをフォークでカットして食べ始めた。  今してもいいですよ、と笑顔で言われたので首を横に振った。 「そうですか。ではその瞬間まで、きちんと見守ってあげますね」 「うるさいっ! なんかそういう、余裕なところムカつくっ」  わざと悪態を吐いて、つんとそっぽを向いた。  とにかくここは耐えよう。耐えて、貴臣の隙を見つけてトイレに直行しよう。やっぱり粗相をするなんて出来ない。  大丈夫。なんとかなる。  そう思っていられたのは、この後ほんの20分くらいだった。  俺はいよいよ本格的に焦り始めていた。  尿意がどんどん強くなってきている。  頭の中はもう、そのことでいっぱいになっていた。

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