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第32話 貴臣の弟

「久しぶりだね、元気にしてたっ?」  そう言ってぱぁっと表情を明るくさせた秋くんは、俺のすぐ目の前に立った。  自分が見上げていることに気付いて驚く。  ちょっと見ないうちに、随分と背が伸びている。 「うん、元気だよ。というか秋くん、大きくなったね。今何センチ?」 「なんか怜くん、その言い方おじさんっぽい。えっとね、春に測った時は174センチだったよ」  たぶん今はそれよりもあるだろう。  中2のくせして、高2の俺より背が高いだなんて。 「すごいね〜、さすが……」  貴臣の弟、と言いそうになって言葉を呑み込んだ。  貴臣と秋臣くんは、あまり仲がよろしくないのだ。  何か話題を探そうと、秋くんが持っているチューブ型の入れ物を指さした。 「それ、絵の具?」 「アクリルガッシュって言うんだよ。足りなくなった色だけ買いに来たんだ」 「そっか、美術部だもんね」 「怜くんはボールペン買いに?」 「いや、今度の文化祭で使うものを」  持っているものを見せると、秋くんは興味津々に食いついてくれる。 「へぇ。血のり? お化け屋敷でもやるの?」 「うん。無名の小説家の夫を献身的に支えてきたのに、夫の愛人だって言う女に腹を切られて井戸に投げ捨てられた可哀想な女の幽霊役が俺」 「設定もあるの? おもしろーい。しかも女役ー?」  ケラケラと笑う秋くんは、貴臣とスタイルはよく似ているけど、性格は少し違う気がする。  人懐っこくてよく笑うし、たまに女子っぽい言葉遣いをするし、初めから俺にタメ口を使っている。  秋くんと初めて会ったのは去年の春。秋くんが家を訪ねてきたのがきっかけだった。部活の入部許可書にサインが欲しくて、父に会いにきたのだという。  たまたま俺だけしか家にいなかったので、近くのファミレスに行き、時間を潰している間に色々と世間話をした。  母親は家にほとんど帰ってこないので、秋くんは近くに住む親戚の家に世話になっていることも聞いた。  父が帰宅した頃合を見計らって家に帰れば貴臣もいたのだが、貴臣はなぜか秋くんを見るなり部屋に引っ込んでしまったのだ。  そういえば秋くんも、貴臣の話題を避けていたような気がしたのであえて詮索しなかった。  きっと色々と事情があるんだろう。 「ねぇ、怜くんこの後ヒマ?」  支払いを済ませて店を出た後で秋くんに言われた。 「あぁごめん、俺、これから学校に戻んなくちゃならなくて」 「もう夕方だよ?」 「文化祭の準備って結構大変なんだよ」 「さぼっちゃえばいいじゃん」 「えっ? 無理だよ! 委員長に何て言われるか……」 「大丈夫大丈夫。急に用事できたって言えばいいよ。ね、お腹空いたから行こう?」  秋くんに引っ張られ、敷地内にあるハンバーガーショップの自動ドアをくぐらされた。  こうやって強引に、けれどスマートに自分のペースに持っていくやり方は貴臣にそっくりだな……と俺は苦笑した。

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