「──って、なんで俺たちキスしちゃてんの?!　え?!　流石にそれはアウトじゃね?!　意味わかんねぇ！」 　暗闇の中でスタンバイしている俺は、井戸からひょっこりと顔を出すのも忘れひとりごちる。 　俺の声に気づいたカップルは、お互いに腕を絡ませ合った。 「やだ、今そこの井戸の中から変な声聞こえた～」 「マジかよ。もっとこっち寄ってろ」 　本来の怖がらせ方とは違ったが、気味悪がられたので良しとしよう。 　日曜日、文化祭2日目。 　わがクラスのお化け屋敷の評判は良くて、廊下には昨日以上に長い列が出来ている。きっと委員長のこだわりの強さがこうして結果として出たのだろう。 「ちょっと中田く～ん」 「わっ、久保くん」 「ちゃんと驚かさないとダメじゃないか」 　委員長の久保くんは小道具係で、糸でつった火の玉を宙に浮かせる役をやっている。 　俺の隣にいるから、サボっていたりするとすぐバレる。 「ごめん、考え事してて」 「キスがどう、とかいう話かな？」 「えっ！　聞こえてた？」 「考えることで、人は学び成長する。大いに結構だけれど、やるべきことはやってもらわないと困るよ」 　俺の顔に血のりを追加してきた久保くんに向かって、こっそり尋ねてみた。 「久保くんはさ、キスってどういう時にしたくなる？」 「僕はそういった経験がないから分からないが、好きな人と2人きりになって相手が無防備な姿を見せてきたら、したくなってしまうかもしれないなぁ」 「普通に答えんのかよ！　久保くんって変わってるってよく言われない？」 「世の中に変わってない人なんていないと僕は思っているよ。自分の常識は他人の非常識だ。それに僕からしてみれば、僕よりも君の方が変わっていると思うけどね」 　気合いを入れるように俺のほっぺをペチペチと叩いた後、久保くんは持ち場へ戻っていった。 　 　そっか、俺って変わってるのか。 　義理の弟にペニス扱くのを許して、濃厚なキスまでしちゃってるんだから当たり前か。 　あの日貴臣は、射精後にずっとキスをしてきた理由を特に言わなかった。　 　というか俺も言わなかったけど。 　俺は貴臣が好きだからいつまでもキスしたいって思ったんだ。 　貴臣は……今後付き合う予定の彼との練習台として、俺を利用したんだろうか。それだったらちょっと悲しいな。あんなに甘ったるいキスをしてくれて嬉しかったけど…… 　中田クーン！　と叱責が飛んできても、俺は井戸の中でボーッとしてしまう。 　こうして暗闇の中にいると、アイマスクをして貴臣のものを握った時のことを思い出して体が熱くなるのだ。 　思ったけどそもそも、抜きあいっこはレッスンでもなんでもない、ただ単にエロいことをしただけだ。 　でももう1回くらい、あんな風に出来たらいいな。 　それであわよくばまた、貴臣と濃厚なキスを。 「中田くん！　次こそはしっかり頼むよ！」 「はいはーい、任せといてー」 　これ以上サボっていると久保くんがうるさいので、お化け役を真っ当することにした。 　足音が近づいてきたので、井戸の中からゆっくりと顔を出す。 「うらみはらさでおくべきかー」 「ははっ、怜くんっ、超血まみれ～」 　目を疑った。 　そこには制服を着た秋臣くんの姿があった。 「秋くんっ、来てくれたの？」 「すごい人気だね。20分以上待ってようやく入れたんだよ？」 　まさか本当に来てくれるとは思わなかったから感激する。 　と同時に、秋くんに話したいことがたくさんあったのを思い出した俺は、黒髪のおかっぱのカツラを取って久保くんに手渡した。 「久保くん、俺ちょっとトイレ」 「嘘だろ」 「後よろしくね！」 　何度も俺を呼び止める声を背中に受けながら、秋くんと教室を後にした。