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第52話 レッスンとか特訓とか。
友人は帰っていき、俺と貴臣の2人きりになった。
ソファーの肘かけのところに頭を置いて横になっていると、貴臣は袋に氷をつめたものを持ってきた。
「歩けないほど痛くはないんですね?」
「うん。たぶん捻挫だと思う。昔一度、体育の時間にやっちゃったことあるからなんとなく分かる」
「一応明日すぐに、病院へ行ってください。何かあったら大変ですから」
「ん」
貴臣は膝を折って座り、患部に冷たい氷の袋を押し当てる。
ひんやりとして気持ちいい。荒立っていた気分が少々落ち着いた。
「左足だな」
「え?」
「お前と一緒」
一瞬首を傾げた貴臣だったが、自らも左足を骨折したことを指しているのだろうと気づいてくれたようで、睫毛を伏せてふふっと笑ってくれた。
「どうしてさっき、逃げたんですか」
やっぱりそう訊かれるよな。
貴臣の目をなかなか見ることが出来ない。
なんて説明すればいいのやら。
「と、トイレ、行こうと思って」
「へぇ? 階段から転げ落ちるほど切羽つまっていたんですか?」
「いや…えっと……」
「聞いていたんじゃないですか。部屋の前で」
バレているらしい。
何かいい言い訳しようにも浮かんでこなくて黙ってしまう。イコール、そうだと言っているようなものだ。
「別に、聞いていたからと言って怒ったりしないのに。たまたま怪我がこれだけで済んで良かったですけど、打ちどころが悪かったら大変なことになっていましたよ」
叱りつつも優しい言い方に涙が出そうになったので、こっそり歯を食いしばった。
そうじゃない。2人が単なる世間話でもしてたんであれば、あのままそこに留まって挨拶くらいはしていた。
もう少しだとか、付き合えるとか、そんな話だったから逃げ出したんだ。
あのまま貴臣の顔を見ていたら、きっとうまく笑えなかった。
変だなって思われて、気持ちが気付かれるのが恐かったから。
って、今も結局泣き出しそうになってんだから一緒か。
「や……ごめん。なんかこう、反射的に逃げちゃって」
「まるで、兄さんにとって都合の悪いことを聞いてしまったみたいでしたね。兄さんの悪口なんて言ってなかったと思いますけど」
クスクスと、なんだか悪戯っぽく笑う貴臣はきっと俺の気持ちに気付いていない。
おかしな話だ。自分は先輩と付き合う予定だけど、お前には誰とも付き合って欲しくないだなんて。
「悪いな。早くレッスン進めないばっかりに、貴臣たちがキスできなくて」
ちょっと不貞腐れた声になってしまった。
貴臣はまた、虚をつかれたような顔をした。
「あぁ、そういえばそんな話をしていたかもしれませんね。もう少しで答えが出せるって」
「キスくらいしてやればいいじゃん。どうせ付き合う予定なんだし」
「いえ、今は兄さんとの特訓中ですし」
「レッスンとか特訓とか、なんなんだよ」
ぼそっと言った後、たまらず手をおでこに置いて、顔を見られないようにした。
あぁやばい。胸がつまってきて、本当に涙が出そうになる。
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