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第53話 最後のキス①
「どうしたんですか。もしかして、気を遣ってくれてるんですか? あまり思い詰めないでください。向こうだって気長に待ってくれると言っていましたし」
「なんで俺にキスしたの」
的外れな貴臣の返答にムカムカして、思わずそう言ってしまった。
貴臣はまた的外れなことを言う。
「嫌でしたか」
「いいとか嫌とか、そういう話をしてんじゃねぇよ」
「あの時も言いましたが、声が漏れそうだったので」
「それじゃなくて、終わった後だよ。2人でイって、目隠し取ったその後っ……いたっ……」
ちょっと興奮して、無意識に左足に力を入れてしまった。
貴臣はあまり表情を変えずにいるのが本当にムカついた。
やっぱ俺だけだ。俺だけがこんなに振り回されてる。
「……理由が、必要ですか」
はい? 何言ってんのこいつ。
理由がなきゃあんなことしないだろっ!
「ひ、必要だよ! お前は外人か? 好きな時に誰とでもキスしまくってる呑気なフレンドリー野郎なのかっ?」
「したいと思ったから、ではいけませんか」
「……」
「イッた直後の赤い顔をして目がトロンと垂れた兄さんを見て、可愛いと思ったんです。あの時、兄さんもキスを拒みませんでした。だからしていたんです。けど嫌なんでしたら、もうしません」
そうじゃない。そうじゃないのに。
何がしたいのか、自分でもどうしたいのか分からなかった。出口のないトンネルを、延々と彷徨っているような。
いや、本当は答えは出てる。
貴臣、俺本当はお前が好き。だから貴臣があの人と付き合うと思うと、胸が苦しくなるんだ。
そうやって言いたくて、たまらないのだ。
でもそれは、禁忌の言葉だ。
一生胸に仕舞い込んだまま、俺はずっと貴臣の兄としてそばにいる。
「……うん、分かった」
結局そっぽを向いたまま、言ってしまった。
これで今後貴臣は、俺にキスをしてこない。
こんな話を出さなければ、またキスが出来たかもしれないのに。
なんだか惜しくなってしまって、貴臣の袖を摘んだ。
あ、これあの時に似ている。病室のベッドに寝転がりながら、すがるように俺を引き寄せてくれた貴臣のあの手。
貴臣は気付いて、俺と視線を合わせた。
俺もそのまま逸らさずに、ガラス玉の目をじっと見つめる。
「キス、して」
「え?」
「最後。そういえば俺、お前以外とキスしたことなかった。これもレッスンの一貫だ。先輩にヘタクソって思われたくないから」
「……ええ。いいですよ」
精一杯の嘘を吐くと、貴臣は柔和に笑んだ。
顔が近づく。
お互いの鼻の先が当たるくらいの距離で見つめられると、俺の胸がドキンドキンとうるさいくらいに音を立てた。
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