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第64話 お誘いとお買い物
昼休み、教室にいた俺は呼び出された。
廊下には、俺のことを心配そうに見つめる……たぶん再来週あたりには俺と恋人同士になっているであろう先輩がいた。
どうやら捻挫したことを、先輩は前もって知っていて様子を見に来てくれたらしい。
「中田に用事があって月曜日にここに来たんだけど、捻挫したって聞いてさ。そんなに悪かったのか?」
「いえ、捻挫は大したことないんですけど、風邪引いて寝込んでて。俺に何の用事だったんですか?」
「来週、一緒に出かけられないかなって思って。ここのお好み焼き屋、今度の土曜に全品半額になるんだ」
そう言って先輩は、ポケットからその店の半額チケットを俺に差し出してきたので、受け取った。
「大勢で行った方が楽しいと思って。弟も一緒に行く予定」
「先輩、弟がいるんですか」
「いるよ、知らなかった? あ、そういや中田もいるんだっけな。一つ下の学年で、S高だろ?」
先輩が思いの外詳しくて、少々びっくりした。
自分では覚えてないけど、前に貴臣のことを話したのかもしれない。
それに貴臣は一度、新聞やネットに名前が載ったことがある。全日本書道コンクールで記念賞を取ったからだ。それに加えてあの美貌なので、このへんじゃちょっとした有名人だ。
先輩は得意げにニンマリと笑うので、俺はちょっと目を伏せて苦笑った。
「はい、義理の弟ですけど……すいません、実は来週、先約があって」
「あ、そっか。じゃあまた来月誘うよ、月1でやってるから。それは適当に誰かにあげていいからな」
ぺこっとお辞儀をして自分の席へ戻り、貰ったチケットを眺めた。
来月は、先輩と2人で行くのかな。
だってたぶんもう、その頃には俺たちは付き合ってる。
これは貴臣にあげようか。好きな奴と行ってこいって……やっぱいいや、面倒くさ。
モヤモヤした気分になりながらチケットを手のひらでクシャッと握って、財布の中に突っ込んだ。
* * *
土曜日、秋くんと俺はファッションビルに来た。
俺の足はすっかり良くなったけど、どんどん店内を進んでいく秋くんの足取りは軽く、気を抜くとすぐに置いていかれてしまう。
秋くんは見るのが早い。
止まることを知らない秋くんに声を掛けるタイミングを失っている店員さんは、遠巻きにこっちを見ているだけだ。
「秋くん、さっきから何を探してるの?」
「んー……ビビッと来るもの……」
秋くんは難しい顔をしながら商品を見ては視線を外す。
ここはメンズフロアで、スーツやバック、眼鏡や時計など、ビジネス向けの商品がずらっと並んでいる。
何を探しているのかはちゃんと教えてくれない秋くんに、俺はピンときて手を叩いた。
「分かった。父さんの誕プレでしょ」
父さんは2週間後に誕生日を迎える。
一緒に住んでないにしろ、こうして悩んで選ぼうとしている秋くんにジーンと来てしまう。だが俺を一瞥した秋くんは呆れたように眉尻を下げた。
「あぁー惜しいなぁ。怜くんはこれだから」
「え……違うの?」
「誕プレっていうのは正解」
秋くんは棚にあったネクタイピンをふと持ち上げて、目の前で値踏みするようにじっくりと見出した。
ゴールドのコーティングがしてあって、薄いグレー色の星形の石が小さく埋め込んである。角度を変える度に中の宝石のような石が光を反射して綺麗だけど……俺はようやく腑に落ちた。一体誰の誕プレを探しているのか。
「そちら、綺麗ですよねー。オパールの石なんですよ。こちらはシルバーもございます」
男性店員さんが秋くんに愛想良く声を掛ける。
店員さんがシルバーのコーティングが施されているネクタイピンを見せると、秋くんは飛びつくようにそれを手に取った。
「あっ、いい! ゴールドより、こっちの方が似合うかも!」
あぁうん、俺もあの先生には、シルバーが似合うような気がするよ…。
目を輝かせる秋くんに気を良くしたのか、店員さんはニコニコしながら言った。
「プレゼントされるご予定ですか」
「うん、俺の恋人に」
「……こい?」
俺はきょとんとする店員さんの前に慌てて立つ。
「彼なりのジョークなので、気にしないでください! ほら秋くん、これにするんだったら包んでもらおうか!」
秋くんは結局、そのネクタイピンを包んでもらい、お金を支払っていた。
何か口を出せば不機嫌になることは目に見えたので、何も言わずに秋くんと店を後にした。
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