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第65話 中2vs高2

 前も一緒に入ったチェーン店のハンバーガーショップで一休みしていると、秋くんは頬杖を付いて笑った。 「怜くん、何にも言ってこないんだね」  ストローでジュージューとコーラを吸い上げながら、俺もじっと見つめ返す。  先生との関係について何か言おうとは俺も思っていたのだが、下手に突っ込んでこの前のように秋くんの機嫌を損ねたくなかった。  とりあえずここは、説教よりも寄り添ってあげた方がいいだろう。 「……先生は、このままずっと秋くんと付き合っていくつもりなのかな」 「んー、どうだろうね。先のことなんて誰にも分からないよ。明日もしかしたら、急に振られちゃうかもしれないし」  秋くんは中2のくせに、俺よりも大人びていて、それでいて覚悟があると思った。  いつか自分の隣から、いなくなるかも。  そう思いながらも、いまこの瞬間、先生のそばにいることを選んだ秋くんは、未だに貴臣のことをどうにかつなぎ止めようとしているウジ虫な俺よりも、もしかしたら大人なのかも。 「先生は、奥さんと別れるつもりはないの?」 「別れる? そんなことするわけないじゃん。離婚してまで中学生の俺と本気で一緒にいたいだなんて、普通の人だったら思わないよ」 「秋くんは、それで寂しくないの?」 「うん。寂しい思いするのは、昔から慣れてるし」 「……俺はやっぱり、秋くんには幸せになってほしいなぁ」  考え抜いた言葉を伝えると、秋くんは不思議そうに首を傾げた。 「俺、幸せだよ」 「ううん、たぶん、自分にそう思い込ませてるんだよ。秋くんだったらよく分かるはずだよ。先生の奥さんがこのことを知ったら、どんな気持ちになるのか」  秋くんは動揺したように目を伏せた。  きっと、何度も自問自答したはずだ。  先生と関係を持つことは、本当はいけないこと。奥さんには悪いけど、しょうがない。好きになっちゃったからしょうがない。  そうやって色んなことを見て見ぬふりをしながら言い訳をして、ここまで来てしまったのだろう。  本人がいいというならそれでいいと思う人もいるだろうが、俺は、秋くんには誰かの1番になってほしい。  相手と対等な気持ちになれないのって、すごく辛いことだから。 「この前、秋くんは俺に言ったよね。健全な恋愛をしてきたんでしょって。実は、そうでもないんだ」 「え? 怜くんも、俺と同じような恋愛したことあるの?」 「うん。好きになったらいけない人を、好きになっちゃったことあるよ」  相手は誰かなんて、言えないけど。  秋くんは目を丸くして、テーブルに身を乗り出した。 「それってさ、どうやって諦めたの?」 「えっと……実はまだ、諦められてないんだ」  具体的なアドバイスをもらえると思っていたらしい秋くんに大袈裟にため息を吐かれたので、俺は慌てて付け加えた。 「でも、早くその人を吹っ切るために、違う人を好きになる努力はしてるよ」 「違う人でもダメな場合はどうしたらいいの?」 「どうも何も、諦めて好きになるしかないよ」 「それでも無理な場合は?」 「この人が好きだ好きだって、自分に言い聞かせるしかない!」 「だから、それでも無理な場合は?!」  畳み掛けるように質問が飛んできて、最終的に何も言えなくなってしまった。 「なぁんだ。怜くんだって、人の気持ちを(もてあそ)ぶようなことしてんじゃん」  弄ぶ、という思いがけない言葉を聞いて、俺は目をパチクリさせた。 「え? 俺がいつ、弄んだって?」 「本当に好きな人は手に入らないから、無理やり他人を好きになってるってことでしょ? それって、好きになられる側からしてみたらいい迷惑だよ。だって心の中では違う人のことを想ってるってことでしょ? そいつを忘れる為に利用されてるだけでしょ?」  ミイラ取りがミイラになった気分で、カッと顔が熱くなった。  そうかもしれない。  先輩のことは好きだけど、貴臣のことを考えると胸が苦しくなってくるのは紛れもない事実だ。今、貴臣の方が断然に好きだ。  苦し紛れに、首を横に振った。 「一緒にいる時間を増やせば、その人のことを好きになるよ。本当に好きな人のことは、きっと超えられる」 「ううん、超えられないよ怜くんは。誰と付き合ったとしても、心の中にはずっと同じ人が居座り続けるね」  まるで占い師かのように、秋くんはニヤニヤしながら断言した。  そんな状況が恐ろしくなった俺は「そんなことないっ!」と頭を抱えた。

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