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第79話 体と心の痛み。
(あー……ちきしょう、手と腰が痛い……)
翌朝目覚めてからすぐ体の鈍痛に気付く。
ベッドから降りて歩き出せば尚更だ。
あんなに長時間、指やバイブを入れられて掻き回されたら、こんな風になるに決まってる。
オマケに目の周りは重く、腫れぼったい。
鏡で見ると酷い顔だ。今日が日曜で良かった。
昨日、いろんなことを考えすぎて寝付けなかったので、もう朝の10時を回っていた。
ゆっくりとドアノブを掴んで廊下に出る。貴臣の部屋の方は、しんと静まり返っていた。
(何て、言えばいいんだろ……)
昨日、貴臣にいじめられた後、俺はそのまま貴臣のベッドで気絶するように眠ってしまった。
目覚めたのは2時間後だったけど、そこに貴臣はいなかった。
1階に降りてみても誰もいなくて、シャワーを浴び終えても結局誰とも会わずにこの部屋に帰ってこれた。
貴臣がどこにいたのかも、今どこにいるのかも知らない。
1階に降りたくなかったが、永遠にここに閉じこもっている訳にもいかない。
階段を降りると、父と母が揃ってリビングにいた。貴臣の姿は無い。
「おはよう。ご飯は?」
母は笑顔だ。父も本を読んでいる。
俺は首を横に振り、洗面所に行った後で玄関の三和土を確認した。
やっぱり、貴臣の靴がなかった。
「……貴臣は?」
「友達の家に泊まりにいくって昨日、連絡があったけど。聞いてないの?」
「……そ」
いつもだったら、当たり前のように貴臣の予定を把握していた。どこに行くかなんて、聞いてないのに自ら俺に言ってくるような奴だったのに。
母と父は俺たちのことを、仲の良い兄弟だと思っている。
出会った頃のギスギスした雰囲気は両親も感じ取っていたみたいで心配されたが、貴臣の事故をきっかけに劇的に変わったので、ホッとしたみたいだ。
こんな風に言ってはダメだけど、あの事故があったからこそ2人は仲良くなったのかもねと、いつか父さんに言われた。
確かにそうかもしれない。
貴臣が車に撥ねられたって聞いて、頭が真っ白になって、どうか生きていてほしいとそればっかり願ってた。
冷たくされても笑ってくれなくても、生きてさえくれれば。
自分の命と引き換えにとか、本気で思った。
だから元気な貴臣が見れて本当に嬉しかったんだ。
もしあの事故がなければ、俺たちは心を通わせなかったのだろうか。あのまま、冷淡な貴臣でいたんだろうか。
そんなの誰にも分からない。
これからの俺たちの未来が1番分からないのに。
部屋で、秋くんに電話を掛けてみた。
すぐに出た秋くんは、俺よりも先に謝ってきた。
『昨日、あの後大丈夫だった? お兄、俺のこと怒ってたでしょ。怜くんの言ってること分かってるんだ。だけど俺、やっぱり離れらんない。どうしようもなく先生が好きなんだ。だからもうちょっと……時間が欲しいんだ』
秋くんのへりくだった声に拍子抜けした。
時間が経って、自分の行動を客観的に見ることができたのだろう。
秋くんの気持ちが少しだけ変わってきている。
先生との関係を少し変えようと思ってくれている。
亀の歩みかもしれないが、秋くんの気持ちを動かせたことに嬉しくなった。
「うん、大丈夫だよ。もう秋くんに任せるよ。俺はこれ以上もう何も言わないから。秋くんが幸せだって思える生き方をしてほしいな」
『……なんか怜くん、大人っぽい。どうしたの? あ、もしかして……振られちゃった?』
「いやいや、告白なんてしてないよ。これからもするつもりもないし。もうあんな変なことして揶揄ったらダメだからね」
秋くんは素直に『うん』と言って電話を切った。
秋くんから連絡が行っていたらと不安になったけど、貴臣には俺の本当の気持ちを話さなかったみたいだ。
まぁ、わざわざ話すメリットも無いか。
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