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第83話 吐露したい。1つを除いて

 翌朝、貴臣と顔を合わせたら話してみようと思ったのに会えなかった。  貴臣の部屋からは物音1つ聞こえてこない。  さっき玄関を見てみたら靴はちゃんとあったから、部屋にいるのは間違いない。  たぶん、俺が出ていった頃合を見計らって出てくるんだろう。  その意図が見え見えでムカついて、俺はわざとドタバタと音を立てて着替えや支度を始めた。    これから先輩の家に行くんだ。  行って、貴臣としてきたことを先輩とするのだ。  それで貴臣とはもう、無駄に話さない。貴臣がそれを望んでいるみたいだから。  本当は、仲良くしたかった。  ずっとあんな風に笑いあって、たまに風呂に入って長話しをして、マッサージをして、夢を語り合って──  ブンブンと首を横に振り、気を取り直して部屋を出た。  階段を1段ずつ降り、折り返しのところで一旦立ち止まる。  そういえばあの日からもう、貴臣と一緒にこの階段を上り下りしていない。これからもきっと、しない。  ……さっきから俺は、貴臣貴臣って。  辟易した俺は踵を返し、もう1度階段を上って貴臣の部屋の前に立った。  その時点ですでに、視界がぼやけていた。 「貴臣。お前、言ったよな。どうして平気で殻を破ってくるのかって」  返事はもちろん無いし、もしかしたらいないのかもしれないけれど、構わず続けた。 「お前と暮らし始める前、母さんに言われたんだ。お前と仲良くできるかって、仲良くしてくれたら嬉しいって。それもあったし、俺も単純に仲良くなりたいって思ったんだ。面倒な顔をされても拒絶されても、いつかは分かってくれるって……貴臣とだったら心を通わせられるって信じてたから」  あの頃の自分と今の自分の状況を重ねてしまい、涙がホロっとこぼれ落ちた。  何をどう頑張っても、貴臣はなかなか俺を見ようとしなかった。  報われない努力。  せっかく巻き返したのに、今も同じになってしまった。  何を言っても貴臣はこっちを見てくれない。 「だって兄弟なんだから。血は繋がっていなくてもちゃんと兄弟なんだ、俺たち……お前はっ、俺の自慢の弟で……俺はダメダメな兄貴で……っ」  幸い、声は震えずにいてくれたけれど、何を口走っているのかは分からなかった。  喉の奥がツンと痛い。  唾を飲み込んで、一息吐いた。   「お前が事故ったって聞いた時、震えが止まらなかったんだ。死んだらどうしようって……あの頃のお前、ほとんど会話してくれなかったけど、俺の命と引き換えでもいいから、生きていてくれって心から願ったんだ……」  違う違う。  これは言わなくてもいいやつだった。  何を恥ずかしいこと言ってるんだ。  ちゃんと話す順番をメモとかしてくるんだった。  頭を一旦整理させて、瞼を擦る。 「何が言いたいのかというとっ、俺はお前と血が繋がってなくて良かったのかもしれないってこと! もし本物の兄弟だったら、恋愛相談なんてしなかったし、レッスンもお願いしなかった。事故の時も、あそこまで貴臣を想って泣けてたかどうかは分からない」  血の繋がりがないからこそ、貴臣を好きになったんだ。  その気持ちはきっと、貴臣に出会わなかったら分からなかった。  恋をしたお陰で、こうして胸が苦しくなることを知れたんだ。 「俺の弟になってくれて、ありがとう」  そうだ。これが1番伝えたかった。  これで貴臣が中にいなかったら、めちゃくちゃ恥ずかしいな。  でもそれならそれでいいや。  俺の気持ちを言葉にして吐き出すのは、今日が最初で最後だ。 「貴臣が弟で、本当に良かった。こんな頼りない馬鹿な兄貴でごめん。もう俺は、お前の殻を破らないよ。だからお前ももう、俺の殻を破ってくんなよなっ」  吐き捨てるように言って、逃げるように駆け出した。  玄関で速攻で靴を履き、家を出てもなお、恥ずかしくて走り続けた。  良かった。好きだったんだ、とか口走らなくて。  もうこれでほんとのほんとに吹っ切れた。    それでもまだ、涙が出てくるのは何故なんだろうな。

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