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第85話 先輩の家で②
「とりあえず座ってゆっくりしてろよ。今コーヒーでも淹れるから」
先輩はそのまま、キッチンに入ってコーヒーミルで豆をゴリゴリと削り出した。
へぇ、インスタントじゃないんだ。すごい。
先輩がハンドルを回す作業を無心で眺める。
ゴリゴリゴリと、自分の心まで削られていくようだった。
荒い音がなくなった時に、俺は先輩のそばに近づいた。
「相良先輩」
「んー、何?」
「先輩の部屋に行ってもいいですか」
「え?」
目を瞠った先輩と視線がかちあう。
「あの、がっついてるって思われるかもしれないですけど、早く先輩と……何か、してみたいなぁって……」
ガコンッ! と大きな音が鳴る。
今使っていたミルをシンクの中に落としてしまい、そこに豆の粉をぶち撒けていた。
「な、中田って見かけによらず、結構積極的なんだな」
「すいません……」
「いやいやっ、いいんだ! むしろ嬉しいよ! 俺ばっかりが早くしたいって思ってても釣り合わないだろ。中田からそんな風に誘ってくれるなんて思ってなかったから」
「え、先輩、俺と早くしたいって思ってたんですか?」
相良先輩は、しまった、という顔をしたけど、やっぱり素直に喋ってくれた。
「……まぁそれは、期待しちゃうだろ。お前みたいに可愛いやつから告白されて、俺の性癖を受け入れるために頑張ってくれたって聞いたら」
先輩はキッチンから出てきて、俺の目の前に立ってニッコリ笑った。
「ありがとうな。前も言ったけど、そうやって頑張ろうとしてくれた奴に会ったの、人生で中田が初めてなんだ。俺は本当に嬉しいぞ」
掌でくしゃっと髪の毛をかき混ぜられ、そのまま頬を撫でられる。
先輩の手、すっごく頼もしい。
骨がしっかりしていて、おっきくて。
その手を掴んでみたら尚更そう感じた。
俺は早く、この人のものにならないといけない。
ちゃんと貴臣への気持ちと決別したい。
先輩は、俺の唇を見たまま動かなくなった。
心構えをして、俺も見つめ返す。
すぐに先輩の顔が降りてきたので、反射的に目を閉じた。
唇に感じる熱。
しばらくくっつけたまま、呼吸をするのも忘れて立ち尽くす。
解放され、ぷはっと息を吸い込んで目を開けた。
「じゃあ……俺の部屋行くか?」
「はい」
先輩はまた恥ずかしそうに笑って頭を掻いて、リビングを出た。
俺はその背中に着いていく。
心臓が、うるさいくらいにドキドキと音を立てていた。
でもこの胸の高鳴りは……?
これは、先輩とこれからするであろう行為に、胸を高鳴らせているんだよな?
確かに感じる胸の鼓動を掌で感じ取って答えを導き出そうにも、すぐに部屋についてしまった。
先輩の部屋は綺麗に片付いていた。
整理整頓された本棚。ファイルの色まできっちり揃って並んでいる。
壁側にあるスプリングベッドに、吸い寄せられるように俺は座った。
相良先輩は、開け放っていたカーテンを閉めている。少しでも部屋を暗くしようとしてるみたいだ。
先輩もベッドに座って俺と見つめ合った。
暗くても、先輩の顔が赤らんでいるのがほんのり見える。
「なんか……いざこうなってみると恥ずいな」
「はい」
俺も同調されて顔が熱くなる。
先輩の手がこちらに伸びてきて、両手をきゅっと握られた。
「何しようか」
先輩はそう投げかけて笑った。
お前が決めていいぞ、と言っている表情だった。
俺に無理をさせないように気遣ってくれているのだと気づき、胸がホッとした。
そうだ。俺は相良先輩のこういう所に惹かれたんだ。
細やかな気遣い。
決して自分ばかりじゃなく、相手の意思も尊重して応えを導き出してくれる心。
だから告白した俺に、『こんな変態な俺よりも、他に好きな人を見つけたらどうか』と提案してくれたんだ。
そんな優しい相良先輩を、俺は愛さないといけない。
俺は先輩の手をぎゅっと握り返した。
「じゃあ、見ますか? 俺の……オナってるところ」
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