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第100話 本当の兄弟、涙する
知ってた? いつから?
「お兄……なんで知ってんの? 俺、怜くんだけにしか言ってないよ」
「俺も母さんに言われたんだ、昔。お前がまだ、小1とか幼稚園の頃だった気がする」
そんな昔に?
貴臣はその事をずっと黙ってたのか?
秋くんは信じられないといった表情だ。
「なんで……お母さんはお兄に……」
「分からない。俺もその時は小学校低学年だったからうろ覚えなんだが……誰にも言っちゃダメよって、赤い口紅をつけた母さんが笑っていたのは覚えてる。でも、そう言われたからと言って、お前との関係は何も変わらないと思った。秋臣はちゃんと俺の弟だ」
「……」
俺は出てきた涙を拭った。
母親はなぜそんなことを子供たちに教えたのか、考えたって分からない。
虫の居所が悪くて苦しめようとしたのか、ただ単に反応を楽しみたかったのか。
その時に自分が置かれている環境によって気分が変わるのが人間だ。
だが貴臣は負けなかった。
そういえば1度も秋くんを悪く言ったことはない。秋くんのことを、いつも尊重していたっけ。
秋くんも眦に涙を溜めていた。
「……本当は、俺もお兄と同じように、あの2人から産まれたかった」
「うん」
「わざわざ言わないで欲しかった。そしたらずっとお兄と仲良くしてたのに」
「うん」
貴臣が鷹揚に頷くと、秋くんは本格的にわぁっと涙した。
「たっ、貴臣と秋臣でさっ、いかにも兄弟ですって名前付けられてさっ、馬鹿みたい! それだったら全然違う名前が良かった! 俺だってさ……お兄と離れるのは寂しいと思ったよ!」
「うん」
「馬鹿みたいっ! 知ってたのに律儀に黙ってたお兄も……っ。喧嘩したこと沢山あったのに、ムカつかせたこと沢山あったのに、そんなこと1度も言わなかったじゃん!」
「言う必要なんてないと思ったから」
「あっそ! お兄の馬鹿!」
2人は言い合いを続けている。時に怒ったり吹き出したり、いろんな表情を見せている。
……抱き合ったまま。
こうして見ると、ちょっと変わってる兄弟だよなぁと内心で呟くが。
もう2人は、いろんな意味で大丈夫な気がした。
暫くしてから秋くんは静かに貴臣から離れて、ティッシュで鼻をかんだ。泣いたから鼻の頭と目の周りが赤い。
「……じゃあ、もう帰って。顔見られると恥ずいから、見送りしないけど」
俺は秋くんの前に立つ。
「今度また一緒に出かけよう。いつでもおいでよ、家に」
「……うん」
目は見なかったけど、秋くんはちゃんと頷いてくれた。
貴臣が襖を開けて部屋を出る。その時も秋くんは顔を上げなかったので、結局何も言わずに襖を閉めてしまった。
「大丈夫だったの……かな。秋くん」
「ええ。きっと分かってくれたと思います。俺のことも、俺たちのことも」
「……うん」
すぐには納得はしてくれないだろうけど、俺たちは秋くんとの関係を断ち切ることはしない。
大事な、貴臣の本当の弟。
例え邪険にされても、殻を破るんだ、何度でも。
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