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第107話 ひとり暮らし
待っている間、ちょうどいいかもと思い、俺は切り出した。
「俺さ……高校卒業したら、家を出ようと思ってるんだ」
貴臣は特に動揺した素振りは見せず、静かに頷いた。
「前言っていた大学ですか?」
「うん。まだ色々と見てはいるんだけど、やっぱりそこがいいかなって思って」
正直、貴臣みたいに明確な夢はまだ持っていない。
今のところ、人の気持ちに寄り添えるような仕事につきたいとはざっくり考えている。
秋くんみたいに、寂しい思いをしている人を1人でも救いたいと。
「本当はさ、家から通えるところにしようかとも考えたんだけど……」
両思いだと気付く直前までは、心に決めていた。
高校を卒業したら家を出て、貴臣とは距離を置いてもう会わないようにしようと。
だが最近、めでたく両思いだと分かったので気持ちは揺れた。
環境を変えなければ貴臣と一緒にいられる。
大学は適当に近くのところにしようかと、妥協しかけた。
迷いに迷ったけど、妥協はやめた。
もし『やっぱりあの大学へ行けば良かった』と後悔した時に貴臣のせいにしたくなるかもしれない。
そんな自分は嫌だった。
それに俺がそんなことをしても貴臣は嬉しくないだろう。
素直にそれらを伝えると、貴臣は嬉しそうに頷いた。
「よく分かっていますね。俺の気持ちも」
「ん……なんかお前だったら怒りそうな気がして」
「きっと怒りますね。また自分の気持ちに嘘を吐いてますよって。それに、例え離れたとしても貴方に幸せを感じてもらえるように俺が頑張ります」
カフェオレ同様、貴臣の言葉は胸に甘く響いた。
今言われたことは嘘じゃない。きっと貴臣はそうしてくれるだろう。
「もし1人暮らしすることになったら、遊びに来てくれる?」
「行かないわけがないでしょう。毎週泊まりに行きますよ」
「は? 毎週?」
「嫌なんですか」
ぷく、とフグのように頬を膨らましてくるので吹き出してしまう。
「笑わせんなよ」
「俺は本気ですよ。あと、浮気とかしたら絶対許しませんからね」
「するわけないじゃん」
「もししたら、乳首とお尻にローターをつけたまま1日街中を歩かせる刑に処しますから」
「どんな地獄だよ」
まだ1年以上先の話だけど、あっという間に時間が経ちそうな気がして少し寂しくなった。
けど大丈夫。離れていても俺たちは繋がっている。
「その部屋でだったら、同じベッドで眠れますね」
「あ、そっか」
そう考えると心に光が差し込んできた。
愛し合ってから、おやすみと言ってどちらかが部屋を出ていく必要はなくなる。ベッドの中で寄り添って、ぬくもりを感じながら目を閉じれるんだ。
1人暮らしの部屋には何を置きたいだとか、バイトするならどんなのがいいかとか、妄想を語り合っているうちに秋くんがやってきた。
「ごめーん、お待たせー」
もっと掛かるかと思っていたので意外だった。
俺たちと90度で向き合うように腰を下ろした秋くんは、とりあえず重たいコートを脱ぎ始めた。
額がうっすらと汗ばんでいる。
「走ってきたの?」
「うん、だって悪いじゃん。せっかく来てくれたのにさ」
秋くんは、やってきた店員に水をもらいアイスコーヒーを頼んだ。
貴臣はそんな秋くんを暖かい目で見つめていた。
「えらいな。ちゃんと俺たちのことを考えてくれて」
「……別に、普通のことだし」
秋くんはちらっと見てすぐに視線を逸らした。
たぶんまだ、気恥ずかしいのだろう。
あの日、涙しながら貴臣と抱き合って本音をぶちまけてしまったことを。
「何話してたのー?」
秋くんは誤魔化すように、俺の方を向いて白い歯を見せた。
「俺、高校卒業したら家を出ようと思って」
「えっ、そうなの? さびしーい」
秋くんはあからさまにシュンとした顔を見せたので、俺もちょっぴり胸を痛めながら話した。
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