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番外編 恋の駆け引きは上手くありません 第117話 喜びの舞
「俺、ずっと怜くんのことが好きでした! 良かったらお付き合いしてください!」
えー、これなんかデジャブ。
目の前の男は頬を赤らめながら俺を真っ直ぐに見据えている。
バイト終わり、なんだかソワソワと落ち着かない様子の後輩に声を掛けられ、長い長い沈黙の後に告げられたんだけど。
「あー、えっと、俺、男だけど?」
「分かってますっ。性別なんて関係ない、どうでもいいって思えるくらい好きなんです! 毎日怜くんのことを考えて、夢にまで出てきます」
「そ、そんなに?」
「はい! 怜くんだって、俺のこと好きですよね?」
「は?」
「だって俺にだけ優しいし、この間なんて飯奢ってくれたし」
いや、特別君にだけ優しくしてるつもりはないし、あの時も単に君が財布忘れたって言うから。安い牛丼屋だったし、それくらい払ってあげるよって言っただけで、下心なんて全く無かったけど。
この人は俺の一つ下で、高校3年生。つまり貴臣と同い年だ。
2ヶ月ほど前に入ってきたけど、確かに視線はチクチク刺さるなとは思っていた。気付けば隣にいたり、やたらと俺と一緒に帰ろうとしたり……単に人懐っこい性格なんだと思っていたが、まさか俺のことを好きだっただなんて。
男は目をギラギラにして俺を見下ろしてくる。怖い。揶揄ってるとかじゃなく本気なのだ。振りづらい。
だが余計な期待を持たせることは酷だ。今後の為にも、ここはきっぱりと振ってあげないと。
「あの……気持ちはすごく嬉しいんだけど、俺、付き合ってる人がいるから」
高校生からモテるだなんて、俺は案外イケてる奴なのかもと少々舞い上がってしまっているが、至極冷静な態度で返した。
「どのくらい付き合ってるんですか?」
「えっ」
相手は俺の両肩を掴んで食い下がってきて、俺は動揺してしまう。
「相手とは長いの? 可愛い? どんなところが好きになったの? 嫌なところとか1つもないの?」
「そんないっぺんに言われましても……」
「怜くん、まだ大学1年生ですよね。その人と一生を共にするとか決めてないんでしょ。まだまだ若いんだし、いろんな人と付き合ってみて、いろんな経験積んでおくっていうのもありだと思う…」
「いや、ごめん、それはないな」
言葉を遮って、笑って首を横に振った。
正直、将来どうなるかなんて想像も付かないけど、これだけはわかる。
できれば一生、貴臣の隣にいたい。俺の心がそう望んでいるし、ブレないし揺らがない。
「今付き合ってる人と一生、一緒にいたいなぁって思ってるよ」
こんなふうに恥ずかしいセリフを言えてしまうのは、いつもよりも気分が高揚しているからかもしれない。この後、すごく久しぶりに貴臣と会えるのだ。
俺の真剣さに、俺の心を動かすのはもう無理だと感じたのか、相手は肩に乗せていた手をゆっくりと下ろした。
「……怜くん」
「だから、ごめんね。でもこれからも、友達として仲良く……」
「できるかよっ! バーカ!」
えぇー。
さっきは手震えるくらいに緊張してたみたいなのに、切り替えが凄い!
相手は目に滲んだ涙をごしごしこすって、俺をキッと睨んできた。
「きっと怜くんも俺のこと好きだから、いけると思って勇気出したっていうのに、なんだよ! 告白したのって初めてだったのに! 呪ってやる!」
男はその場から駆け去り、俺はぽつんと取り残された。
の、呪われたくない……。
両想いなのだと勘違いさせてしまった自分も悪いが、しょうがない。だって今伝えたことが俺の本心なのだから。
貴臣だって俺と全く同じ気持ちだ。
いつか高級な指輪をプレゼントしてくれるって言っていたし、あいつの俺に対する溺愛っぷりはすごい。
今日会うのは実に3週間ぶりだ。貴臣切れでどうにかなりそうな日々を忙しくすることでなんとか乗り切ってきたのだ。
俺は駆け出し、家路を急いだ。
きっと今頃、何か料理を作って俺の帰りを待ち侘びているはずだ。
はやく会いたい。それで思いっきりぎゅーって抱きしめてほしい。
ニヤニヤしながら鼻歌交じりに走る俺の姿は、何も知らない通行人の目にはさぞ変人に映っただろう。
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