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第118話 呆気に取られる

「ふんふんふ~……ん?」  幸福感に包まれていた俺だったが、アパートの窓をふと目にして鼻歌を止めた。  部屋の灯りが付いていない。  いつもだったら音を立てている換気扇もしんと静まりかえっている。ドアノブを引っ張ると開かなかったので、右のポケットを弄り鍵を取り出した。  合鍵は渡してあるので、きっとどこかに出かけているのだろう。  部屋に入り、ポケットからスマホを取り出しボタンを押すと、通知がたくさん入っていてびっくりした。  夕方のニュースとファッション通販サイトからの特別セールのお知らせ、それに挟まれるように『貴臣』からのメッセージ通知を目にした俺は咄嗟に息をのんだ。その後に続く、『すみません、今日…』の文字。  急いで画面をタップして、内容を確認する。 『すみません、今日行けなくなりました。理由を話したいので、バイトが終わり次第連絡下さい』  はぁぁ~?!  来れなくなっただと! 大好きな貴臣に癒されようとあんな破廉恥なことやこんな破廉恥なことを思い描きながら帰宅したっていうのに。  無意識に奥歯をぎりぎり噛み締めていた俺はハッとして、一呼吸した。  きっと事情があるのだろう。勝手にムカムカしていてもしょうがない。  とりあえず眉間の皺を指でのばしつつ、貴臣に電話をかけてみた。俺からの連絡を待ち侘びていたかのように、秒で出てくれた。 『兄さん、バイト終わりました?』 「さっき終わったところ……来れなくなったって、何かあったの?」 『今日、塾だって言ってありましたよね』 「あぁ、聞いてたけど……」  貴臣は高2の終わり頃から塾に通い出したので少々忙しくなった。この間は模試があったとかで、その週はほとんどテレビ通話もできなかった。もしかしてその結果が悪くて出かけるどころではないのだろうか。   『実は今、塾が一緒の友人の部屋にいまして』 「はい?」 『具合が悪いみたいなんです。授業中もうつろな表情をしていて。家には誰もいないって言うので、心配なのでついてきたんですけど』 「えっ、で、その……看病みたいなことしてんの?」 『家の人が帰ってくるまで付いていてあげようかと……あ、心配しなくても、浮気なんてしてませんよ。ただの男友達です』  くすくすと笑われて、呆気に取られた。  事情は分かったけれど腑に落ちない。喉のつっかえが取れない原因はなんだろうかと追求していくと答えは簡単に分かった。  俺とその友人を天秤に掛けて、俺よりもそっちの方が重要だと結論付けられたのだ。  つまり俺は負けた。3週間ぶりに恋人に会うことよりも、具合のよくない友人のそばにいることが大事だと。 「あぁー……そうなんだぁ」  取り繕って笑ってみるけれど、きっとテンションが下がったのに気付いた貴臣は、気遣うようにへりくだった声を発した。 『ふふ、本当にすみません』  すみませんって、本当にそう思ってんのかよとつっこみたくなった。  なんか軽くない? だって久しぶりに俺と会えるはずだったのにだよ?  さっきも感じたモヤモヤはこれも原因だ。なんか軽い。寂しいとか残念ですとか、もう少し感情を剥き出しにしてくれても。  まぁでも仕方ないか。体調不良の人を放ってはおけないし。  それに、もう1日お預けくらったくらいじゃ、貴臣はびくともしないのだろう。俺は気を取り直してスマホを持ち直した。 「じゃあ、明日は何時位に来る? 朝一で来てくれてもいいし、貴臣が大変なんだったら久しぶりに俺が帰省してもいいし」  でも実家には両親がいるはずだから、できればこの部屋に貴臣が来てほしい。  ここだったら誰にも邪魔されずに、2人きりで思う存分…… 『あぁ……すみません。会うの、来週にしてもらってもいいですか?』  苦笑交じりにそう告げられた俺は、スマホをぼとりと落としそうになった。

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