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第119話 素直になれない
(なんで⁈ 俺に会いたくないのかよ⁈)
そう叫びたい気分を抑えて、何度か深呼吸を繰り返す。
とにかく理由を尋ねよう、理由を…。
「どうして? 何か事情があんの?」
ここは年上らしく、冷静に大人の対応で。
そんな言い聞かせは次の言葉で無惨にも崩れ去った。
『単発のバイトに入りたくて』
「バイト⁈」
口をあんぐりと開ける。
まさかそんなことがあっていいものか……と頭が混乱した。
今日のことは辛うじて納得できた(いや、正直蟠 りは残るけれど)。
具合の悪い友人のそばにいてあげるなんて、なんて心の優しい義弟なのだろう。
だが、明日はバイト⁈ 俺とバイトを天秤に掛けた結果、バイトの方が重要だと判断したわけなのか!
『スポーツイベントの運営をサポートするんです。誘導したりグッズを売ったり。高時給なので、どうしても入りたくて。兄さんには悪いとは思ったんですけど』
「聞いてねぇぇぇ! 仕事内容とかマジ聞いてねぇぇぇ!」
言葉を遮って投げやりに皮肉ってやった。
ベッドに背中からダイブして天井を見上げると、一旦治まっていたムカつきがどんどん沸いてきた。
『──来週は金曜の夜から泊まりに行きますから』
だからさっきから、貴臣の言い方にいちいちモヤッとしてしまうんだけど。
なんだよその素っ気なさ。こう言っておけば丸く収まるだろうって魂胆だろ。
俺は会いたくてたまらないってのに、貴臣はそこまで俺に会いたくないのかよ!
「俺とバイトっ、一体どっちが大事なんだよっ」
あ、しまった。恋人に構ってもらえない情緒不安定な奴みたいな台詞、言うつもりなかったのに。
だが後に引けなくなってしまった俺は、ごめんとも言えずに反応を待った。
貴臣はまた、駄々をこねる子供を相手するみたいに苦笑した。
『それは兄さんに決まってるでしょう。どうか許してください。来週は兄さんの好きなもの、何でも料理して…』
「お前は平気なのかよ! 俺、俺はずっと……お前、に……」
これ以上は恥ずかしくて本音が言えない。
ずっと会いたくて触れたくて我慢の限界だったのに。電話だってまともにできなかったのに、当日になってドタキャンなんて。
そのテーブルの横で指輪を受け取って泣いてくれた貴臣が思い出されて、涙が出た。
あれからそんなに月日は流れていないのに、何年も昔に思えてくる。やっぱり離れて暮らすと、気持ちも離れていっちゃうものなんだろうか。
さっきバイトの後輩に告白された時、貴臣の溺愛っぷりは本物なのだと自負したのに。
貴臣の考えていることが判らない。知りたい気もするが、知るのは怖い気もする。貴臣のことだから、訊けば俺の欲しい言葉はくれるだろう。
本当に好きかと訊けば、きっと好きだと答える。でも俺が知りたいのは、もっと心の奥底の。
「俺さ、さっきバイトの後輩に告白されたんだよねー」
人の気持ちを試すようなことはしたくないのに、俺はまさに試すようなことを言ってしまた。
動揺させたかった。俺はいつまでも子供じゃない。
俺だって一応、貴臣ほどじゃないけどモテるんだってことを察してほしかったのだ。
えっとか、どんなやつですかとか、多少は焦る貴臣の声色を想像していたのに、返ってきた返事はまるで違った。
『へぇ。兄さんが誰かに告白されるのなんて、初めてじゃないですか?』
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