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第122話 すれ違っていた兄弟
寝返りを打った瞬間、右手首に引きつった痛みを感じた。瞼をうっすらと持ち上げると、手錠によって拘束されているのに気付いてまた目を閉じた。
(あ、そっか……俺このまま寝ちゃったのか)
手錠を外すには、アダルトグッズの箱の中にある鍵で開けなくてはならない。
そういえば使ったディルドも出しっぱなしだ。すぐに動くのも億劫で、しばらくそのままの体勢でいた。
まだ部屋には陽光が差し込んでいないから、眠ってからそんなに時間は経っていないんだろう。
ふと、身体の向きを変えようと力を入れると、膝から下が金縛りにあったみたいに重くて動かせないことに気づいた。
下半身に目を向けると、そこには人の影。
ボヤーっと映る俺の目に飛び込んできたのは体格の良い男の姿。
「兄さん」
「……へっ?!」
一気に脳が覚醒した。
まだ目が暗闇に慣れていなくて鮮明じゃないけど、俺の足元には間違いなく貴臣がいた。
「い、生霊?!」
「本物ですよ。勝手に幽霊扱いしないで下さい」
「なっ、どうしてここに……ハッ」
貴臣に見下ろされて、俺はようやく大変な状況であることに気付いた。
右手は繋がれており、膝の下までずり下げられた衣類に丸出しの下半身。そして足元に転がっている電動ディルドに、枕元に置いてある貴臣のボクサーパンツ。
言い訳しようにも無理すぎるこの状況。
何をしていたかなんて一目瞭然だ。
「ふふ。拘束オナニーをするのは気持ちよかったですか?」
「なっ、なんでここにいんだよ?!」
羞恥を隠そうと声を張り上げると、貴臣は俺の体に覆いかぶさってきた。
「貴方が悪いんでしょう。あんな風に言った後で携帯の電源も切って」
「だって……ていうか、よく来られたな? 父さんに何か言われなかったの? それに明日はバイトだって……」
「こっそり家を抜け出して来たんですよ。後で叱られるの、兄さんも付き合ってくださいよ。それにバイトもキャンセルしました。誘ってくれた友人に頭を下げて……ついでにこんな田舎町の最寄りのローカル線はとっくに終電なくなっていましたからね。電車で来れるところまで来て、そこから歩いて来たんです」
「な……どのくらい?」
「2時間はかかりましたよ。補導されないか、ヒヤヒヤしていたんですから」
「だったら、そんな無理して来なきゃ良かっただろっ」
本音は全然違うのに、つい意地を張ってしまう。
会いに来てくれた。俺のために家を出て、明日のバイトもキャンセルして。
嬉しくて舞い上がっているのに、俺は仏頂面で貴臣を見上げた。
「俺にそんな文句言われても、困るんだけど」
「そんな格好で睨まれましても」
「う……うるせっ! 元話といえばお前が悪いんだろ! 俺に会えなくても、全然……残念そうじゃ、なかったし」
節目になって言葉を窄めていく。
貴臣は不思議そうに首を傾げた。
「何言ってるんですか? 俺がいつ、会えなくても残念じゃないだなんて言いました?」
「そんな風には言ってないけど、気持ちの問題だよ! バイト急に入れたりして……久しぶりに会える日だったのに……」
なんか泣きそうになってしまって、慌てて左手で顔を覆った。恥ずかしくて耐えられない。とりあえずこの破廉恥な姿を元の状態に戻そうと、貴臣にお願いした。
「あの、とりあえずそこにある箱、取ってもらっていい? その中に手錠の鍵が入ってて」
「バイトを入れようと思ったのは、来月のクリスマスの為です」
「……え?」
「友人によると、そういう日にこそ、恋人をもてなしてあげると喜ぶものなんだって言っていたので」
だから単発のバイトに入って、金を稼ごうと?
確かに誕生日や交際記念日はお祝いしてきたけど、クリスマスは特に気にしていなかった。
「別に、俺はそんな風には思ってなかったけど」
「分かってます。これは俺のエゴなんです。兄さんが少しでも喜ぶ姿を見れたらいいなと思っただけで」
「夜景のよく見えるホテルでも連れてくつもりだったの?」
「指輪だって、俺からも早く渡したいし」
左薬指に嵌っている指輪を見せながら大真面目に言う貴臣の顔を見て、俺は吹き出した。
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