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第2話
「きゅー……じゅう。もう、いいかー?」
「あっくんっ! まだ50じゃないよ。だーめーよー」
広くもないこの部屋で、隠れる場所なんて限られている。正直、50もいらないだろ……なんて思うが、可愛い沙耶を傷つけないためにも言葉を飲み込む。
「はいはい。……じゅーいち、じゅーにぃー……」
目を瞑っているからか、やたらと周りの音に敏感になる。
カチャカチャと食器がぶつかり合う音が止まったかと思うと、今度は俺の方に近づいてくるすり足の音が聞こえる。
衣服の擦れる音と共に感じる、誰かが側にいる気配。
「梓……ちゃんと、見つけてね」
「? ……おう。当たりめーだろ」
突然耳元で囁かれた言葉に、今更コイツは何を言ってるんだ?
と思いながらも、返事をする。
「えっと……にーじゅー、にじゅいちー……」
再び俺が数を数えはじめると、雅也は「ふっ」っと笑ってからシンクへと向かっていった。
「さんじゅ、さーん……さんじゅ、しー……」
しばらくして、水の流れる音が聞こえてくる。
鼻歌を歌いながら雅也が食器を洗っているみたいだ。
家事をこなすアイツの側で、沙耶とこうして遊んでいる今がとても幸せであり、夢のようだと感じる。
「よんじゅー……」
しかし、自分が口にしている数が、何かのカウントのように感じる。
40……40歳になった俺たちは、どうなっているんだろうか。
ふと俺の脳裏に浮かんだのは、立派な成人済み女性になった沙耶と、その横顔を優しく見つめている雅也の姿。
そして……知らない女性と、雅也の腕には大事そうに抱かれた子供の姿だった。
「雅也っ……!」
手を伸ばしながら大切な彼の名前を呼ぶが、俺の叫びは届かないらしい。
だんだんと距離が離れていき、俺は暗闇の中にひとり残されていた。
ーーキュッ。
「梓、どうした?」
蛇口の水を止め、心配そうに俺の名前を呼ぶ雅也の声でハッっと我に返る。
「わりぃ。ちょっと考え事してた」
(こんなところで、何考えてんだよ……)
元々ノンケだった雅也。
いつかは、女の元へ戻ってしまう。沙耶のことも受け入れてくれる、立派な奥さんを見つけてそっちを選んでしまう……ひとりでいる時、いつも考えていた。
何の魅力もない無力な自分が惨めに思え、膝を抱えている腕に力をいれる。
(その時が来たら、ちゃんと手離すから……もう少しだけ……)
もう少しだけ、このふたりの傍にいさせてほしいーー。
「あっくーん? 40の次は、41よー? でも、沙耶ちゃんと隠れたから、もーいーよー!」
突然の沙耶の言葉に、思わず笑ってしまう。
こんな幸せな場所で、何考えてんだよ! と反省をし、両手で頬をパチンと叩き立ち上がる。
「すぐに見つけてやるからなー!」
雅也の横を通り過ぎた時、「大丈夫だよ」と囁かれた気がするが、今は可愛い沙耶のことで頭がいっぱいで、あまり気にしないでいた。
だからこの時の俺はまだ、この後あんなことが起きるだなんて思っていなかったんだーー。
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