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第5話 収穫祭~ラーン王国編終章2.5話~
秋は実りの季節だ。
それは北で実りの乏しい、ラーン王国でも変わらない。
小麦やライ麦の収穫が終わったころにどこでも収穫祭をする。
それは村や街ごとに様々で、農業をしない王都でも必ずするものだった。
俺の住む平民街は収穫祭には、家の自慢の料理を来てくれた人にふるまうことが収穫祭のメインイベントになる。あちこちの家を食べ歩き、気の合うもの同士で夜通し語り合う。飲んで騒いで、それが終われば本格的な冬になる。収穫祭前までに冬ごもりの支度は済ませておくものだった。
「メルト、収穫祭の時期、珍しく休みだっただろ? 久し振りに実家へ帰ったら?」
寝支度の終わったミランが、ベッドに寝そべりつつ言ってきた。
「そうだな。たまにはいいか。ここのところ帰ってないし。」
「ここのところじゃないでしょ。ずっとでしょ。メルトはずーっと鍛錬で、めったに帰ってないでしょうが。」
じろり、と見られた。思わず視線を泳がせて頷いた。
「強くなってもいないし、近いからそう帰らなくてもいいと思って。顔くらいいつでも見られるし。」
ミランは息を長く吐いて肩を竦めた。
「あのねえ、親は子供が可愛いの。少しは親孝行するべきだよ、メルト。」
正論だった。
「う、わかった。帰る。そうと決まったら鳥を狩ってこなきゃな。」
「なんで?」
「せっかくだから肉を食べたい。」
「まったくメルトは肉好きだね。」
「肉が好きなのは俺だけじゃないと思う。」
「はいはい。僕も好きだよ。甘いものも好きだけど。」
「甘いものは俺も好きだ。」
「メルトは食べ物なら何でも好きだよね。ニンジン以外。」
「う。食べられないわけじゃないぞ?」
「大きなのは食べられないじゃない。」
「………う。」
「まあ、苛めるのはこれくらいにしよっか。」
ミランがくすくすと笑う。
最近綺麗になった。やっぱり恋人がいるのといないのでは違うんだろうか。
まあ、俺は綺麗とか、そう言うのには縁がないけれど。
『綺麗だよ。メルト。』
そう言ってくれる人は………いない。
収穫祭は10月の最後の週に行われる。
休息日の前の晩から休息日に掛けてだ。
王都中がお祭り騒ぎになるから、普段の年は見回りで忙しかった。
今年は丸々休みに当たった。本当に珍しい。
その祭りの始まる当日の昼間、狩りに出かけた。
狩りに行く届け出をして出かけた先は、ちらほらと同じような考えのものたちがいた。
見習い騎士も混じっていた。俺の提案で始めたそれはすっかり定着して、狩人たちも騎士は肉を食わなきゃな、と鷹揚な態度で許されていた。
自分たちの収める税金を使わないというのも、多分歓迎された理由だろう。
ボーラも、狩人たちも使う武器へと広まっていた。
俺は、自作のボーラで鳥を3羽仕留めて、血抜きをして、実家に戻った。
「ハディーただいま。」
「メルト、お帰り。今年は休みなのかい?」
「珍しく。だからミランがたまには実家に帰れって。これ、使ってくれ。」
「立派な鳥だね。腕上がったんじゃないか? 騎士より狩人のほうが才能あったとか。」
渡した鳥にきらりと目を光らせたハディーが、そんなことを言ってくる。
「ハディー、そんなこと言うともう狩ってこない。」
「騎士の鏡だね!」
心にもない言葉を言って、いそいそと台所へ向かうハディーにため息を吐く。
「わかったわかった。部屋、使って大丈夫か?」
そのハディーの背に問いかけた。
「今日は誰も部屋は使わないよ。」
台所から声が飛んできて、俺は頷いた。
「わかった。」
俺は元の自分の部屋へと向かった。狩り用の服から、普段着へと着替えて、ハディーの台所へ向かう。
「何か手伝おうか?」
ハディーはもう鳥を捌いてしまっていた。さすが元冒険者。
「そうだね。どうせメルトは切ることしかできないから、イモの皮むきと玉ねぎの皮むきを頼もうかね。」
俺はハディーに示された、山になっているイモと玉ねぎに目を向けた。
「これ全部か?」
「ああ、今夜の収穫祭のメインだね。鳥が加わったからハーブ焼きも追加するつもりだけど。」
「俺は玉ねぎのスープが飲みたい。」
俺はナイフを手に取ってイモの皮むきを始めた。
「ああ、もちろん作るよ。」
「俺、ハディーのスープの中でそれが一番好きだな。」
「メルト、褒めても何も出ないよ?」
「え、スープは飲ませてくれるんだよな?」
キョトンとして言うと、ハディーはぷっと吹き出した。
「もちろんだよ。何言ってるんだい。さ、手を動かして。」
そう言われて俺はもくもくと手を動かした。
陽が落ちて、辺りに夕餉の匂いが漂う頃、外にテーブルや椅子が並べられる。
そしてテーブルの上に、大皿に盛られた料理が並べられ、スープは鍋に入れられたままおかれ、持ち寄った器などに取り分けて味見しあう。
そうして後日、あのうちのアレが美味しかった、作り方はなどと話題になる。
料理自慢のフィメルは競うように新しい料理を出したりする。
『---の料理を並べたらきっとびっくりする。』
心の奥底で何かが音を立てて、胸が痛んだが、俺は気のせいだと、そのことに蓋をした。
今夜のハディーの料理は玉ねぎとイモの炒め物、玉ねぎの塩スープ、鳥のハーブ焼きだった。
お高い香辛料は使えないので、ほっておくと伸び放題になるハーブを使った味付けと、塩が庶民の家庭の味付けだ。塩だって高いからおいそれとは使えないけれど。
今夜はルティやティーメは帰ってこないらしい。二人きりだと思っていたから嬉しいと言われた。
最近は二人とも足が遠くなっているという。もう少し頻繁に帰ってきた方がいいのだろうか。
外のテーブルで、ハディーが近所の友達と話している声が聞こえた。食べに来た人たちに料理の説明をしたり、サーブしたりするのだ。
俺はダッドと食事をしながら、外の喧騒に耳を傾けた。
いつもは静かな外が、あちこちで笑いさざめく人々の声に満ちていた。
俺はダッドにワインを注ぎながら、今夜の見回り担当は大変だろうな、と、ハディーの料理に舌鼓を打ちながら思ったのだった。
ゆっくり休暇を実家で過ごした後、騎士団に戻ると、詰め所に何組もの泥酔して喧嘩騒動を起こした者たちが拘留されていた。
「なんでメイルって、ことあるごとにわけわからなくまで飲むんだろうね。」
ばっかじゃないの、とミランは辛辣に吐き捨てていた。
そんな泥酔した彼らは酒が抜けた後、お小言をもらって罰金をいくらか払って釈放になるのだった。
そして収穫祭が終わると、高く晴れ渡った空が、曇り空になるのが多くなり、厳しい冬がやってくる。
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