6 / 11
-閑話 龍の爪商会 会長代行セッテ(セッテ視点)ー
*注意*
※同人誌シリーズ4冊目と5冊目の合間くらいです。ネタバレありなのでそこをご了承のうえ、お読みください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ありがとうございました。」
私、セッテは、商談を終えた客を見送り、店の扉に鍵をかけて帳場に戻った。
この店はアルデリア王国の王都、アルデの商業区の大通りから一本裏に入った、ひっそりとした場所にある。その店は【龍の爪商会】という、有名な魔道具の商会だ。
私はその商会の、会長代行をしている。
しかし、もともと私は、クレム領主家に仕える侍従だ。
この商会は、クレム家の嫡子、ヒュー・クレムがアルデリアで興した商会だ。
私とヒュー様はハイヒューマンで、アーリウムという島国から出てこない長命の種族だ。
こっちの大陸ではおとぎ話か、各国の王族や支配階級にしか知られていない存在だ。
だから、私もヒュー様も普段はヒューマンとして生きている。
だがさすがに興してから約700年近くも、商会主の名前も代行の名前も変わらないのはおかしいと、商業ギルドは思っているだろうが、そのことについては王族から言い含められているのか、何も言ってはこない。
むしろ関わらせてくださってありがとうございますと言われるほどだ。
なぜなら、この国でのヒュー様の名前は、グレアム。
約700年ほど前活躍した勇者パーティーの英雄の一人だ。
本当、何やってくれてんのかな。ヒュー様は。
その頃もっと魔物の活動が活発で、魔の森と接しているアルデリアは、絶え間ない襲撃に疲弊し、勇者召喚を行った。そんな術式がアルデリアにあったとは、ハイヒューマンの文献でも記録がなかった。
それに興味を示した、大賢者と呼ばれるヒュー様はアルデリアに向かって、どうしてだか、勇者パーティーに選ばれていた。
こっち でやらかした顛末に、ヴィダル様もアーデット様も頭を抱え、『ヒューだから仕方ない』の一言を漏らして達観した様子だった。
勇者パーティーとしては活動を終えたヒュー様は、褒美に王都に大きい屋敷をもらってそこに勇者と移り住んだ。行動を共にしているうちにパートナーとなったらしい。
アーリウムは自由恋愛を推奨している国だから、本人がそうと決めたなら文句はない。むしろ良く見つけたと、宴会だなんだと大騒ぎになるほどだ。
ただ今回は異世界から呼ばれたヒューマンが相手で、子供はお互いに作れないこと、寿命を延ばすことはできないことが、ヒュー様にとっての悩みの種だった。
更にはグレアムとして、婚姻したものだから、アーリウムでの婚姻とはならなかった点も、勇者ショーヤ様に対して引け目を感じていた様子だった。
ショーヤ様はヒュー様がメイルであることと、ハイヒューマンであることで、自分がいなくなった後のことを、いろいろ周囲に頼んでいたらしい。
何度もヒュー様は進化して寿命を延ばそうと勇者様に言ったが、寿命で死にたいと言っていたらしいし、異世界人とこの世界とは交われない、とアルデリアの守護龍から神からの言葉を受け取っていたらしい。
戻れない召喚なのにひどすぎると、嘆いていたのを私も知っている。
勇者様の前では嘆かなかったが、この商会の倉庫で一人泣いていたのを見たことがあったからだ。
子供の頃はよく泣いていたのを覚えている。虫が苦手で剣術や体を動かすのが苦手。勉学や魔法、魔道具の開発、医学、医療魔術、薬学に非常に興味を持って、いろいろな開発、分析、解析、発明をした。
最たるものが、メイルとフィメルの判定方法、避妊薬。回復魔法では治らない、感染症対策、遺伝病の発見。感染症の病原菌を発見するための顕微鏡、遺伝子解析装置など。
もう少し後では通信の魔道具、ステータスカードだ。
そのことが、大賢者という称号を得るに至ったわけだが、本人はそう呼ばれるのは好きじゃないようだった。大陸の方でも、実験等で協力を仰いだ者たちがいて、その者たちから、【アーリウムの大賢者】の名は知れ渡っていった。
現に、勇者パーティーのメンバーはその名を知っていて、グレアムであるヒュー様がそうではないかと噂していたらしい。
アルデリアにわたるまでの200年、もともと外見がハイヒューマンの平均よりも幼かったこともあり、色恋には興味がないのではと思われていたヒュー様だったが、いったん恋に落ちると恋愛脳になるのが発覚したのが、勇者様との、婚姻だった。
優先順位が勇者様。
ただ、勇者様との恋愛はまだまだ遠慮があったのだと、私たち(クレム領関係者)は後に知ることになるのだが。
勇者様が寿命で亡くなった後、アーリウムに戻ってくると思っていた私たちは、守護龍の元に転がり込み700年近くも引き籠るとは、思っていなかった。
ヴィダル様とアーデット様に待望の第二子がお生まれになったことを、お伝えようとしても、連絡が取れず(通信の魔道具があるが、ヒュー様が切っている)。
たまに元の勇者パーティーのハイエルフのミハーラ様とハイドワーフのボルドール様に依頼を受けて、ダンジョンに潜っているらしいとは、聞いたことがあった。
転移の拠点であるこの商会の地下から出てきたヒュー様とすれ違うこともあったが。あっという間にその場を去ってしまうから伝言も伝えられず。
しかし見かけるたびに子供から少年へと、成長していっていることには、ほっとしていた。
ハイヒューマンは魔力が多いほど、寿命が長く、成長も遅いのだ。
それを考えれば、まだヒュー様は成長しきっていないということになる。
だが、アルデリアで見せる姿は20代前半の青年の姿。
時を操る魔法で未来の姿にしていると言っていた。
訳が分からない。
幻術だと見破られたり、効かない相手もいるからだと、そう言っていた。
まあ、この国に来たばかりの頃のヒュー様はヒューマンで言う10~12歳くらいの子供の姿だったから、仕方なく偽装したともいえる。
ヒュー様のハディー、アーデット様は国一番の美貌を持つお方だ。そのお方に瓜二つの容姿で、騒ぎが起こらないわけがなかった。そこはヒュー様自身も多少自覚があるのか、フードを被って人目につかないようにしていた。
王都の広場に勇者パーティーの彫像があるが、グレアム様の姿はフードを被った顔がわからないローブ姿で、フードからはみ出た髪で長髪と知れる、そんな姿だった。
帳場で、書類を整理していると、人の気配がした、
鍵を閉めているここに入ってこられるのは、地下の転移陣を使ったものだけ。
アーデット様は連絡をしてからいらっしゃるから、アーデット様たちではない。
まさか!
慌てて廊下に飛び出した。
ヒュー様が誰かと一緒にいた。15歳くらいの外見だった。素の姿で、ここに誰かと来た。
長身の美丈夫だった。鍛え上げられた体躯は服の上からもわかった。
「ヒュー様! また突然いらして。連絡をくださいってあれほど言ったじゃないですか!」
連絡をホントよこさない。今日だって、見つからないように来たに違いない。
「まあ、まあ、セッテ、落ち着いて。紹介したい人がいるんだ。メルト。」
それはそこにいる美丈夫に決まっているが、転移で連れてきたなら相当、ヒュー様にとって身内に近い存在だ。
「僕の婚約者で、メルト。よろしくね?」
「は?」
なんか、今耳が遠くなったような。
「ちゃんと紹介をした方がいいんじゃないか? この方はどなただ?」
美丈夫がフォローを入れてくれた。よかった。この方は常識人だ。
「あ!」
突っ込まれる前に気付いてほしいです。ヒュー様。あ、とか言ってる場合じゃないでしょう。
「ええと、メルト、こちらはセッテ。ハイヒューマンで、国からこの商会を手伝いに来ているんだ。セッテ、こちらはメルト、俺の婚約者だ。」
ハイヒューマンと紹介するのなら、本当にすべてをこの方にさらけ出しているのだと、ほっとしたような、何とも言えない思いが渦巻いて、ついため息をついてしまった。
「今回ばかりは驚かされました。メルト様、私はセッテと申します。本国の屋敷の侍従をしていましたが、今はこちらの商会を任されております。どうぞ、ヒュー様の事、よろしくお願いいたします。」
胸に手を当てて頭を下げる。この方はクレム領の至宝になるお方。この方に何かあればきっと国の一つくらい滅ぶだろう。
「お、俺はメルトといいます。ラーン王国の元騎士で、デッザで冒険者をやってます。その、森でたまたま知り合って、昨日婚約者になりました。よろしくお願いします。」
出会ってすぐ、ヒュー様は手を付けたのか。この方の魔力に混じるヒュー様の魔力が怖いほどの執着を思わせた。しかし、本当に常識のある方でよかった。
まあ、後日、ある一点においては本国にいる剣聖と同じだと判明するのだが。
「依頼でこっちに来たんだ。ワイバーンの騎乗用具。ミハーラに会ってくる。しばらくここに滞在するから、よろしく。」
ヒュー様は大人の姿になって、メルト様を引っ張るようにして出ていってしまわれた。
「わかりました。本国に連絡します。いってらっしゃいませ。」
ええ、本国の、アーデット様にしっかりと報告させていただきます。
『ヒュゥウウウウウウウウ……あの子はほんとうにしょうがないね。今行く。すぐ行くから、僕が行く前に帰ってきたらとっ捕まえておいてよ? 首に縄をかけて連れ戻すから!』
私は知りませんよ、ヒュー様。
何度も連絡を取ってくださいって、お願いしてたんですからね?
ともだちにシェアしよう!