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見習い騎士と大賢者はダンジョンで運命と出会う~IF編 ララリアの休日~
北の地ラーン王国の王都ララリアには雪がちらついていた。北方の冬独特のどんよりとした雪空が陽を遮って気温を下げる。
石畳の道は降り積もった雪が踏み固められて氷の膜が張っている。そんな極寒の中を年末のあわただしさに足早に人々が行き交っていた。
俺は年末の休暇に久しぶりに実家に帰ることにした。見習い最後の年末。
いつもより足が軽い。
待っている人がいるからだ。
勢い込んで実家の鍵のかかってない扉を開けると飛び込んだ。
「ただいま!」
「こら、雪は外ではたいて中に入りなさい。床が濡れて……」
「ああ、俺が乾かしますよ。」
ふわりと温風が俺の前から後ろに駆け抜けた。ついでにひとりでに扉が閉まった。
床も、俺の着ていた雪まみれのコートも、ブーツについた雪も、全部綺麗に乾いていた。
「ダッド、帰ってたんだ。」
帰るなり説教を言ってきたダッドに口を尖らせて、コートを脱いで、入口のコート掛けにかけた。
「この雪で、馬車の予定がなくなったからね。少し早い休暇に入ったよ。」
肩を竦めて、紅茶を口にしている。良い香り。
「お帰り、メルト。」
ダッドの横に座っているヒューが、挨拶をしてくれた。
「さっきの、魔法だね。すごいね。あっという間に乾いた。」
「ドライヤー魔法っていうんだよ。火と風の混合魔法。」
にっこりと笑って隣の椅子を勧めてくれる。そこに腰を下ろすと、浄化の魔法をかけてくれた。
ヒューの魔力は気持ちがいい。すっと自分に馴染む気がする。
「ヒューは、まだ宿暮らしなの?」
「そろそろどこか借りるか、買うかしようと思っているけど、メルトが正騎士になってから、になるかなあ?」
「こほん」
「なに? ダッド? わざとらしい咳して。」
じろり、と思わず睨むと紅茶を口にして視線を外した。
もう、なんなんだ。
「ヒューにとられた気がして、邪魔したいんだろう?」
そこに、台所からハディーが来た。手に、夕飯の皿をのせたトレーを持っている。
「手伝います。」
すっとヒューが立ち上がって、配膳を手伝う。
「ヒュー、ありがとう。まったく、メルトもイヴァンも全然役に立たないし。」
じろりと見られて、俺もダッドも小さくなった。
ダンジョンで罠に飛ばされた先で出会ったヒュー。
一緒に罠を抜け、ダンジョンを脱出した。
出た時はバラバラになってしまったけど、ヒューが追いかけてきてくれた。
俺達は、俺が正騎士になれたら、結婚することになっている。
ヒューはアーリウムという国の貴族の嫡子らしいんだけれど、俺が騎士になるのが夢だった、と言ったら、じゃあ、俺がこっちに住むよとさらりと言って、今現在、冒険者家業をしつつギルドの近くの宿を借りている。
両親には俺が休みの日に一緒に家に来て、結婚の許しをもらった。
ダッドがものすごく嫌そうな顔をしていた。
ヒューはこんなにかっこいいのに、なんでなんだろう。
ヒューも手伝ったという、いつもより何倍も美味しかった食事を終えて、ヒューが話しかけてきた。
「メルト、そう言えば誕生日が年明けだったね。明日、街に出てプレゼント、一緒に探そう。」
「え、俺に?」
「そう、誕生日プレゼント。メルトの好きなもの、贈りたいな。」
「あら~」
「むううううう。」
「ダッド、うるさい。」
「まあ、まあ。」
ヒューと明日でかける約束をすると、ヒューは宿に帰っていった。
「泊りは禁止だ。」
見送って扉を閉めた俺に、ダッドは怖い顔をしていった。
「イヴァン、ちょっとこっちに。」
ハディーがダッドの耳を引っ張って、奥の部屋に行った。奥からダッドの悲鳴が聞こえた気がした。
俺がフィメルだから、ダッドはああ、ヒューに突っかかるんだろうか。
邪魔をされるとは思ってないけど、ちょっと面白くない。ダッドはフィメルが結婚するとき、必ず反対するっていうけど、ほんとだった。
ハディーはすぐ許してくれたのに、いろいろ文句付けるし。
ダッドのこと嫌いになりそう。
俺は自分の部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込む。子供のころから使っているベッドはもう俺には少し小さくて。
フィメルでは背が高い方だけど、もう少し身長が欲しい。筋力も。今のままだと膂力が足りない。
受け止められて逆にふっ飛ばされそうだ。
ヒューは強くなってるよ、と時々する手合わせの時に言ってくれるけど、俺の振るう剣は重さがない。
もっと食べて筋肉をつけないとダメかな。
冷えた部屋にブルっと震えて、夜着に着替えるとベッドの寝具の間に潜り込んだ。
狭い部屋だから暖炉はない。世の中には部屋を暖める魔道具があるらしいが庶民には手の届かないものだ。
(ヒューと一緒に寝られれば、寒くはないのに。ダッドの馬鹿。)
ダッドが、結婚まで泊まりに行っちゃダメ、と言い放ったので、ヒューは了承して、宿に遊びに行くのはいいけれど、一緒に夜は過ごせないのだ。
ダッドを盛大に罵倒して、寝た。
翌朝、どれを着ていこう、と一応頭を悩ませた。
何せほとんどがお仕着せの団服か練習着で過ごしていたから、あまり服を持っていない。まあ、服は高価だから、普通のシャツとズボンだけれど。
それでも、俺にできる精いっぱいの身だしなみを整えて、待ち合わせの中央広場に来た。
今日は雪は降っていない。でも昨日振った雪が、足元から冷気を上らせる。安手のブーツは、あまり冷気の遮断に役立ってはいなかった。
ヒューは顔を出して立っていた。周りの人々が顔を赤らめて通り過ぎる。
ヒューはものすごい美形だ。
だから、目立つのだ。
そのヒューの顔が綻んで、手を挙げた。
周りがざわつく。
「メルト!」
そして俺の方に駆け寄ってきた。ああ、視線が痛い。きっとなんであのさえない小僧が、とか思われているんだろう。
「ヒュー、待った?」
「ううん。さっき来たところ。」
ほんとかな?
すぐ手を握られて、見つめてくるヒューに胸がドキマギする。
「どこ行こうか? メルトの欲しいものって何かな~」
上機嫌なヒューの様子に、じわっと胸に温かいものが広がる。
「特に考えてなかった。」
「んー、じゃあ、商業区や市場をぶらつこうか。デートだね。」
デート!!
そういえば、こういう風にゆっくり出かけるって初めてな気がする。
そして俺達は手を繋いで、街に繰り出したのだった。
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