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第4話 「今日は電車で

** 「今日は電車で帰るから」 待たせていた車を断り一人夜の街を歩く。 気分を変えたい時たまに電車に乗りたくなった。 夜なのにこの街はいつも明るく騒がしい。人混みに紛れキラキラとしたネオンを眺めていると気持ちが落ち着いて来る気がした。 東京湾から吹く湿った風は、潮の磯臭い匂いが微かに混ざっていてそれも好みだ。 「お兄さーん!お一人様ご案内できますよー!」 「……」 「嘘!いい男っ!」 「ありがとう。また今度」 「きゃー!」 騒ぐ客引きの女の子に軽く微笑み、その場を後にする。 がりがりの栄養不足で添加物だらけだな。 ……欲しいわけではないのに、無意識に獲物の品定めをしている自分が情けない。 血には味があり栄養分も異なった。水分多めや逆に油っこかったり甘かったり苦かったりと様々だ。 一時的に満たされても再び欲しいと感じた血にこれまでお目にかかったことがなかった。 今夜は潮の香りが一層濃いな。 ……そう思ったその時だ。 ……? この先の路地から異様な気配を感じ何故か鳥肌が立った。 ざわりとした感覚は生まれて初めてで思わず立ち止まってしまう程だ。 な、なんだ? 潮の香りに混ざって香るこの匂いはなんだ…… つかつかと路地へ入り、香りの正体を探した。 路地には赤提灯がぶら下がった飲み屋がいくつも並び、酔っぱらいばかりが歩いている。 …… 見慣れた筈の路地に漂う匂い。それは直ぐに分かった。 血液が路地の隅に付着していたのだ。 喧嘩か何かした時に付いたのだろうか。 既に乾いたその血痕をじっと見つめた。 ヤバい……なんだこれは……なんと芳しい匂い。 生唾が出てくるくらい美味しそうな匂いだ。 干からびた一滴の血液からこんな香りがするなんて。これが新鮮な生き血であったらと思うと目眩がしそうだ。 一体……一体どこの誰の血だろう。 血液の主は既にここにはいない。 ……いないが……微かに残り香が細い糸のように路地の向こうまで続いていた。 俺は普段使ったことのない呪われた血の能力を迷わず使った。 獲物が何処にいるか血の匂いを頼りに探す能力だ。 ……意識を集中させることにより人よりも嗅覚が優れる。 吸血すること事態が好きでなはいので、殆ど使用しない能力だが今回ばかりは違った。 欲しい……絶対欲しい! そう本能的に強く思った。 路地を抜け駅前を通りすぎると静かな住宅街に出る。 その一角にある小さな公園の脇に年期の入ったボロアパートがあった。 その二階から微かに……微かに零れてくるこの上なく甘美な薫り。 人には分からないだろうこの匂いはかなりヤバい。 何がなんでも欲しい。

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