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第16話 「……」
**
京
「……」
「はい、どうぞ」
「……」
「冷めないうちに食べなさい」
「…………はぃ」
ダイニングの席について、しょんぼりと落ち込んでいる桜の口は少し尖っていた。
二人で買い物に出掛けた日から一週間ほど経った休日。
桜が朝食を作ると張り切ってキッチンに立ったのだが、目玉焼きとベーコンをそれはそれは食えないレベルにこんがり焦がしてしまい落ち込んでいるのだ。
「はぁ……ごめんなさい」
「気にするな」
「だって……気にします。フライパンも真っ黒にしちゃったし。うあぁ……京さんが作った目玉焼き……美しいし上手すぎで旨いです。ベーコンもカリカリして……美味しい……」
「……失敗は誰にでもあるから」
「だけど……あんなに卵を焦がすなんて我ながらあり得ない。火加減調節とか全然分からないし!うぅ……」
先日買い物に行った時に購入した部屋着を着た桜がぶつぶつ反省を口にしながらバケットを齧っている。
料理もまともに出来ないのかこいつはと呆れながら内心苦笑いする。
後に料理担当は完全に俺になる訳だがこの頃の桜は自分なりに頑張っていた。
その後補足で調査したところ、花房桜偲は捨て子で孤児だ。
里親ではなく施設で育てられた経緯は分からないが、桜は欲の無い人間だと思った。
育ちのせいで幼い頃から苦労をしていただろうに、スレたところが全く無い。
元の謙虚な性格がそうさせているのか、何をするにもかなり控えめで俺からしたら謙虚過ぎて卑屈に見えるくらいだ。
彼は基本的に不器用で、料理は勿論他の家事も俺の方がこなせるので家政夫が殆ど勤まらない。
判断力も遅いし自己主張もしない。
経営者の立場から見れば採用するに値しない価値の無い人間だ。
しかし何の取り柄もないように見えたが大学の成績はトップクラスだった。
成績優秀ならそれなりに自信を持っても良いのに全くそういうところがない。
……こいつは完全におかしい……やはり宇宙人だな。
というか出会った(拉致った)初日、俺のことを悪い人に見えないと言っていた。その時点でこいつおかしい。
完全にブラックなことしてるが?
お前のこと拉致してますが?
人を見る目があるのかないのか分からないが、桜は逃げることなくここで生活している。それはとても賢い選択だ。
そして一週間前よりも桜の顔色は良くなってきていた。彼から放たれる匂いも良い。
微かにだが桜が同じ空間にいると甘いような芳しい香りがしてくるのだ。
生き血にも特別な血があるのかそれとも相性のようなものがあるのだろか。
この香りを嗅ぐと気持ちが良く気分が高まる気がする。
赤の他人をこの家に置こうと即決出来たのはこれのせいだと思っている。
自宅は完全プライベートな空間として人を招いたことは殆ど無い。仕事でも一部の部下だけだ。
「桜」
「はい?」
朝飯を食べ終わり食器を洗い終えた桜をソファーへと呼び座らせた。
「今回は少量を目標にいただいてみるから」
「あ、血ですね」
ぱちくりと瞬きをした桜の表情がやる気に満ち溢れていたのが少しおかしかった。
それでも意識は彼の柔らかそうな首筋に向いていて手を伸ばし優しく撫でる。
ヒクリと肩を震わせる桜の反応は好ましく、そのままゆっくりと白い肌へと唇を這わせた。
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