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第8話
毒を以って毒を制す、という言葉もある。おれは、心の傷に塩をすり込むに等しい真似をすることで精神 を蝕む毒を薄める。
モリはモリで、〝寝取られ〟に喜びを見いだすことでプライドを守る。
トラウマを克服する、といえば悲愴感が漂うけれど、言ってみれば一種のリハビリだ。
閑話休題。モリが空き缶を握りつぶした。
「延長料金をとられたらバカらしい。帰るぞ、支度しろ」
「おなか、すいたな。ラーメンでも食べにいかない?」
大げさに鳩尾 をさすってみせると突然、抱きしめられた。
ツムジに顎をすりつけてこられると、古典の時間に習った〝愛 し〟の意味がしみじみとわかる。
額をついばまれた。そこをふりだしに瞼も、頬も、唇も。
スキンシップが苦手なモリがそうしてくれると、躰が蕩けてしまいそうなくらいうっとりする。胸がきゅんとなって、涙腺がゆるむ。
モリをつなぎとめておくためなら自分を安売りするくらい、なんでもない。あらためて、そう思う。
その翌日、眼帯をつけて大学にいった。顔射はリスクを伴い、結膜炎にかかった。
けれど赤く濁った白目は、おれとモリの絆の深さを物語るものだ。だから眼科でもらった処方箋は、その場で破り捨てた。
ただし眼帯姿は、あらぬ誤解を招くことも確かで。杜野の仕業か、と柴田が声をひそめて訊いてきた。
DV的な何かがあった、と妄想をふくらませるさいにはTPOをわきまえてほしい。講義中に穿鑿 されたものだから、憲法Ⅱの教授に退室を命じられるほど笑いころげてしまった。
柴田晃 は同郷の友人で、高校時代もずっとツルんでいた。学部も同じでアパートも近所とくれば、軽く腐れ縁の域に達している。
そして例の廃屋にポイ捨てされたときにSOSした関係で、おれとモリが特殊なショック療法をほどこすに至ったいきさつを知る唯一の人物だ。
学食の片隅で昨日の首尾をざっくり話すと、柴田は苦々しげにこうコメントした。
「仮にも恋人をほいほい貸し出して。杜野はビョーキだ、クズ男だ」
「自慢の恋人をつかまえて、ちょっと言いすぎ。下の下のクズなのは、おれのほう」
にこやかに柴田をいなしておいて、ロコモコ丼をぱくついた。
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