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第9話
世界の総人口は、およそ七十億。ということは、七十億通りの愛の形があるということだ。百人中九十九人までが理解できない、と眉をひそめても、モリの愛情表現も七十億分の一にすぎない。
何が異常で、何が正常なのか、それはおれとモリが決めることだ。
万事におおらかだったモリを極度の人間不信に陥らせてくれた仕返しに、あの男の眼球をほじくり出してやれば、すっきりするだろうなあ。
目玉焼きにフォークをぐさりと突き刺して、言葉を継いだ。
「傍目にはいびつな形でも、さ。べた惚れ同士なんだ、おれたち」
「別れたほうが正解だって一応、忠告しとく。特に木崎は悪い意味で献身的で、杜野に誘われたら手をつないで電車に飛び込みかねない勢いだろうが」
きれい事は、心にちっとも響かない。自分を安全圏に置いておくためのおためごかしなのは、見え見えだから。
なあんてシニカルぶってみても、ときおり弱気になる。
いっそのことおれが殺されていれば、モリは〝恋人を喪った男〟という役にどっぷりとのめりこめた。嘆き暮らしているうちに、おれを見殺しにせざるをえなかった自分と折り合いをつけるための理由を百もひねり出すことができたんじゃないかな──と。
まっ、結果論だけど。
今日も降ったりやんだりの陰気くさい空模様だ。ピチピチチャプチャプと口ずさみながら、バイトの帰りにモリのアパートに寄った。
大学が徒歩圏内のそこの間取りは、洋間プラス台所の1Kだ。モリはTOEICの問題集とにらめっこしつつ、おれの好物の豚の角煮を煮込んでいる最中だった。
あ~ん、と甘えたらデコぴんを食らったくだりは割愛して。
パソコンを借りた。いつものサイトにアクセスして、エポックメイキング的なあの一日を再現するのに欠かせない獰猛なタイプを物色しはじめると、
「昨日の今日で、もう欲求不満なのか」
呆れた、という響きをはらんだ吐息が耳たぶをかすめた。肩越しにディスプレイを覗き込んでこられると、もぞり、と乳首が芯を持つ。
コーラをひと口飲み、
「『俺は一八○センチ×九十五キロのガチムチな元ラガーマン。きみのハートにタックル、ケツマンコにトライ』──」
アメリカのテレビショッピング風の声色を使って、顔写真に添えられた自己PR文を読み上げて、
「昭和のテイストがぷんぷんでイタくない?あと、体重は二十キロはサバを読んでてムスコが腹肉に埋もれてるのに百円賭ける」
モリを振り仰ぐと、
「会ってみたらバリバリのネコで『挿れてぇん』なんて逆におねだりされたりしてな」
真顔でツッコまれてコーラにむせた。
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