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第16話

 不意に大学に入学した直後のことを思い出した。  カイトは進学を機に上京したばかりで、都会のノリになじめない様子で、新歓コンパの席でもおどおどしっぱなしだった。キャンパスを歩くときもうつむきがちで、だが、花吹雪の並木道にたたずむ姿が可憐でハートを鷲摑みにされた。  もっとも俺は口下手で、カイトは奥手(だった)。おまけに、いわゆるノンケ同士だったのが災いして告るまで二年近くかかった。 〝友だち〟を卒業できずにいる間中、カイトは一緒にご飯を食べにいってメニュー選びに迷うと、俺に倣うのが常だった。  辛いものは苦手だと承知のうえで、ちょっぴり意地悪して激辛のカレーを注文すると、涙目になりながらもたいらげた。  ひるがえって現在(いま)、どんなムチャぶりにも笑顔で応じるのは、恋人未満の時期に培われた力関係によるものが大きいのかもしれないな。  それにしても梅雨時とはいえ毎日、毎日飽きもせずによく降る。  蒸れた靴下のような匂いがこもった教室に入り、最後列の窓際の席に着くと、それを待ちかねていたように柴田が近づいてきた。  雨が降りしきるなか法学部の棟から遠征してきたのか、ご苦労なこった。  さて柴田が詰め寄ってきて曰く、昨日来、何回もカイトにLINEしているのに一向に既読がつかない。それは杜野の監視下にあるせいじゃないか、とこういうわけだ。 「講義はサボるしアパートは留守。杜野……まさか、監禁してないだろうな」 「カレシ持ちにつきまとって。ストーカー予備軍……いや、完璧にストーカーだな」 「誰がストーカーだよ。ゼミの課題がらみで木崎に訊きたいことがあって捜してるんだ」  嘘も方便だな、と鼻で嗤ってやると、柴田は射殺すような目つきで睨みつけてきた。  廃屋での一件以降、カイトはいわばフェロモンがだだ洩れだ。入れ食いなのも善し悪しで、あいつにモーションをかけてくるやつは学部内に限っても何人もいる。  柴田も花に群がる蜂の一匹だ。

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