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第3話

 ワードローブ。  衣装戸棚や衣装部屋を意味する単語で、転じて、その人が持つ服の全てを指す。 「ふぅ、もう3時なんだ……」  夜中の3時。  部屋中が服という服で囲まれた、巨大なクローゼットをそのまま事務所兼アトリエにしたような場所。  高屋光貴はそこで1人、デザイン画を描いていたが、手を休める。  壁に掛けられていた時計は高屋がデザイナーとして働き始めた時に求めたもので、文字盤の全体がフェルメールブルーが塗られた夜空になっていた。夜空から銀色の星が5の文字に向かって落ちていくデザインをしていて、秒針がその星を越えて、時を刻んでいく。  1年前。つまり、大門と再会した頃。  高屋はまだ地方の、小さな物件をアトリエにして服作りをし、講師をしている学校の授業日には後輩への指導の為に出向いていた。 「(まだ育生には敵わないだろうけど、やっと同じステージにまで来れた気がする)」  美作育生。  かつて、高屋と同じ学び舎にいて、共に服を作っていたパートナーにして、現在の目標兼ライバル。  次の年の春に開催予定であるコンペティションのトラッド部門で争うことが決定したのと同時に、高屋は都心にも近い、高校生の時に住んでいた町へと帰ってきた。 「(この町に帰ってきたら、もっと大門君と会えると思ってたんだけど、やっぱり、こっちは家賃も半端ないしね)」  ただでさえ、警察官である大門は非番の時でも仕事が入る時もある。それに、たまの休みには十分に休息を取って、疲れを残すようなことは避けて欲しい、と高屋は考えていた。  だったら、高屋が仕事をセーブすれば良いのだろうが、人件費はなくとも、事務所代や光熱費の類いはかかる。  確実に高屋は知名度を上げ、ファンを増やしていっているものの、受注を断ったり、選り好みしたりするにはまだまだ余裕があるとは言えなかった。 「(まぁ、あのコンペに勝てたら、少し余裕ができるだろうから頑張ろうか)」  例の育生と対決するコンペティションでは若手のデザイナーが優遇されているということもあり、結果が良好であれば、かなり厚いバックアップが受けられる。高屋は精力的に受注に応じながらも、コンペティション用のデザインと製作にも余念がなかった。 「(ただ、あんまり張り切りすぎると、そのまま心臓が止まりそうだ)」  高屋が心臓の手術を受けたのは18歳の時で、それから、10年程になるが、殆ど健常であると言って差し支えない。  だが、それでも、どことなく調子の悪い時はあるし、日常生活においても悪化しないように人の2倍も3倍も注意しなければならないのも事実だ。 「あ、大門君からだ」  高屋はハァとやや疲れを滲ませて息を吐いたのが、その疲れもすっかり消えて、スマートフォンの画面に指を滑らせる。どうやら、メッセージが届いたのは昨日の21時頃らしく、大門からのメッセージを高屋は読む。  それは明日の昼の2時前に事務所へ行っても良いか、という簡素なもので、昨日から見て明日は今日の14時前だった。

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