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第三話

 パシンパシンと何かがぶつかり合う音に、キョウジは意識を取り戻した。  目を開けたというのに周囲は薄暗い。まるで夜のようだ。  さっき自分は、出勤するために家を出ようとしていたのに……一体何が起きたのか、全くわからない。  体が熱い。  全身に汗が滲む。  喉が乾いた。 「水……」  キッチンへ向かおうと体を動かして……己の身が自由にならないことに初めて気付いた。 「なんだよこれ!」  キョウジは素っ裸の状態で椅子に座らせられていたのである。  体は太い縄で固定され、足も大きく開かれた状態で椅子に括り付けられていた。  明らかに、拘束されているのだ。  体をガタガタと揺らして縄を解こうとするも緩む気配はなく、そればかりか椅子さえピクリともしない。   「おい……誰か! 誰かいないのか!? 助けてくれ!」  キョウジが声の限りに叫ぶと、部屋の隅で何かがゆらりと蠢いた。  よく見るとそれは、人のようだ。  コツ、コツ……。  ヒールの音を響かせながら、ゆっくりと近付いて来る人物。  その正体を見て、キョウジの顔が驚愕に歪んだ。 「ヒカリ!?」  そこに立っていたのは艶かしいボンテージに身を包み、しなやかな鞭を持ったヒカリだったのだ。 「おまっ……その格好……」  淫らな姿にキョウジの喉がゴクリと鳴る。  体温がさらに上がり、雄がグンと立ち上がった。 「はっ……? なんで……」  結婚して一年。  キョウジは妻に欲情したことがない。  どれだけ美形だろうが庇護欲をそそる容姿をしていようが、男は男だ。  ベータの家系に育ち、自身も高校までずっとベータだと思って生きてきたキョウジにとって、男は完全に性的指向の範疇にない。  それが今、彼は確実に目の前のヒカリに欲情している。  普段とは全く違う雰囲気を醸し出しているせいだろうか。いや、それだけではない。  獲物を狙い、どう仕留めようかと舌舐めずりする女豹の目。  その眼差しを向けられるだけで、ゾクゾクとした疼きがキョウジの背に走る。  目の前のオメガを組み敷いて、思う存分猛りをぶつけたい。そして子宮の奥深くに子種を注いで孕ませたい。  キョウジはそんなアルファの本能に、完全に飲み込まれていたのである。 「ヒカリ……縄を外してくれ」  掠れた声で、懇願する。 「そうすればお前のことも抱いてやる。一度もセックスしてなかったもんな。お前だって俺に抱かれたくて仕方ないだろう?」  キョウジの提案を、ヒカリは鼻で笑う。 「そんなものはどうでもいいよ」 「どうでもいい、だと!?」 「一度あなたが愛人とセックスしている現場を見たことがあるけど、勢いだけでテクも何もない下手くそセックスじゃないか。あんなの頼まれたって無理むり。そんなことより、こちらの方が随分楽しそうだと思わない?」  手にした鞭で、キョウジの頬を撫でる。 「何を、する気だ」  嫌な予感に、キョウジの体が硬くなる。 「お仕置きだよ。今まであなたには随分酷い目に遭わされて来たからね。いくら温厚な僕でも、もう我慢も限界。それから僕の旦那さまに相応しい男にするため、一から調教させてもらうよ」  調教と言えば女王さま。  女王さまといえばボンテージ。  ヒカリは形から入るタイプだった。 「な、何をする気だ」  震える声で問うキョウジ。頬に当てられた鞭に、恐怖と焦りが渦巻いた。 「そうだね。いろいろやりたいことはあるんだけど、まずは下半身が緩すぎるあなたにとって、一番辛くて屈辱的なことから始めようかな」  ヒカリの中の獰猛な女豹が艶然と嗤う。 「気付いているんでしょう? 体の異変に」  言われるまでもなく、キョウジの体は不可思議な状態に陥っていた。  内から込み上げて来る熱と喉の渇き。覚えのある感覚。これはまるで……。 「どうしてラット状態になっているのか知りたい?」  そう、アルファ特有の発情と全く同じ感覚だった。 「あなたには強制発情剤を投与してあります。この状態で欲を発散できないなんて、辛いよねぇ?」 「わかってるなら早くなんとかしろ!」 「なんとかしろ……?」  ヒカリの手の中の鞭がしなり、床を打つ。室内にビシィッと激しい音が響き、キョウジはビクリと身を震わせた。 「まだ自分の立場がわかっていないようだね。いい? これは調教なんだよ。あなたの望む通りになるなんて思わないで」  冷たい目でキョウジを見下ろすヒカリ。  しかしこんな態度も今のうちだけだろうとキョウジは考えた。  何しろここにいるのはアルファとオメガ。しかもアルファである自分はラットを起こしているのだ。オメガであるヒカリだってフェロモンに誘発されて、雄が欲しくて堪らなくなるはず。  だから後は、ヒカリが堕ちて来るのを待つのみ……。  そう考えたキョウジだったのだが。 「あ、ちなみに僕がフェロモンで快楽堕ちするのを待ってるのなら、その望みは捨てた方がいい。なぜなら僕は、抑制剤をあらかじめ服用しているからね」  しかも緊急用の効き目が強いやつだから、絶対に巻き込まれることはないよ……ヒカリは喜悦の表情で語った。 「じゃ、じゃあ俺は……」 「残念ながらラットの最中に欲を解消することはできません!」 「嘘だろ!?」

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