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第八話
力なく首をガクリと落としたキョウジを鼻で嗤い、ヒカリは立ち上がろうとした。
しかしヒカリの最奥に埋め込まれたノットが邪魔して、引き抜くことができない。
「……さいあく」
満子ちゃんに放ったときは出ることのなかった亀頭球。
それがヒカリのナカで達した瞬間ブワリと広がったのには、さすがのヒカリも驚いた。
「種付けする気満々って感じ? ほんと、引くわぁ……」
こうなってしまえばどう足掻いても引き抜くことは無理だろう。
アルファの射精は一般的に二~三十分ほど続くと言う。
それまでは大人しくこのままの状態で待つしかない。
ヒカリの口から失笑混じりの嘆息が漏れる。
「こんなに出されたんじゃ、発情期じゃなくても妊娠しちゃいそう。向井製薬の避妊薬を飲んでおいて、本当においてよかった」
近ごろオメガ用の抑制剤やピルが評判の、向井製薬の避妊薬。
なんでも新社長の妻が抑制剤などを受け付けない体質だったことから、副作用がほぼ出ない薬を開発したのだと、以前経済誌のインタビュー記事で読んだことがある。
おかげで抑制剤の常用を強いられていたヒカリでも副作用に苦しむことなく、体調を崩さずに過ごせた。
全幅の信頼を寄せている向井製薬の避妊薬とアルファ用の強制発情剤を、とあるルートで入手することに成功。
ほかにもボンテージや満子ちゃんなどを取り寄せ、万端の準備を整えて今回のお仕置きに望んだのである。
実を言えばヒカリは初めから、キョウジとセックスするつもりだった。
番でもない二人が発情期以外に交わったところで、妊娠の可能性は低い。しかし低いだけであって、絶対に妊娠しないとは言い切れない。
だから万一を考えてあらかじめ避妊薬を飲んでおいたのだ。
「これでキョウジさんは、きっと僕に堕ちたはず」
彼がこれまでオメガを恋人に選んだことがないことを、結婚前キョウジに内緒で行った調査で知っていた。もちろんその理由も。
唯一、最高と認めたオメガと番いたい……そのために、ほかのオメガは一切受け入れないと知り、ヒカリは自分こそがキョウジに選ばれたオメガなのだと心の底から喜んだのだ。
――もっともキョウジさんにとっては、僕も唯一ではなかったようだけど。
結婚前、あれほど歓喜した自分に反吐が出る。
ヒカリと結婚した後もキョウジはオメガと交わることはなかった。
なぜ自分を抱いてくれないのだろうと涙に暮れた日もあったが、オメガと一度もしたことがないという事実は逆に、今のヒカリにとって幸いした。
キョウジが一度もオメガとセックスしたことがないことを、敢えて逆手に取ることにしたのだ。
たとえ男性体とはいえ、一般のベータ女性よりもオメガの方がアルファを受け入れやすい体をしている。
下世話な言い方をすれば、彼がこれまで相手をしてきたベータより、オメガであるヒカリの方がよっぽど具合がいいと言えるのだ。
発情誘発剤を使って性欲を高めつつ、目の前に散々エサをチラつかせる。
普段のキョウジであればいくらヒカリが卑猥に誘おうが、絶対に食指を伸ばすことはないだろう。
けれどラット中であれば話は別だ。
ベータなどではなく、絶対にオメガである自分を求めるに違いない。
アルファは結局、自身の奥底に潜む“オメガを孕ませたい”と言う本能に、あらがえない生き物なのだから。
ヒカリの目論見どおり、散々煽られたキョウジはヒカリを求めてきた。
けれどすぐにエサを与えるような愚かなまねはしない。
程よく絶望を味わわせつつ、限界ギリギリまで我慢をさせる。
ヒカリにお仕置きされたキョウジは徐々にプライドを喪っていき、最後はヒカリだけを求めて懇願してきた。
そうした極限状態で与えられた、初めてのオメガ。キョウジにとって、極上の甘露にほかならなかった。
今までの女性関係など一気に吹き飛ぶほどの快感が一気に突き抜け、失神してしまうほどの衝撃を与えたのだ。
それだけの体験をしてしまったキョウジはもう、ベータ女性では満足できないだろう。
「これで暫くの間、この人は僕に夢中になるはず。後は緩急付けながら少しずつ懐柔して、身も心も僕に溺れさせればいいだけだ」
一度セックスしたからと言って、今後も体を許そうとは思わない。
態度だけは結婚前……キョウジを純粋に愛していたころの自分に戻して、けれど絶対にセックスなんてするものか。
かといって拒否し続ければ、キョウジはほかのオメガに目を向ける可能性も出てくる。
そうなっては復讐の意味がない。
だからほかに目が移らないよう適度に“エサ”を与えつつ、自分に夢中にさせるのだ。
「いつかあなたが僕だけを心から愛するようになったら、ボロ雑巾のように捨ててあげるよ」
彼に対する愛情は、ゼロどころかマイナスまで振り切っている。
捨てることなんていとも容易い。
「……だからこうしてあげるのも、今のうちだけなんだから……」
ヒカリの胸にもたれ掛かるようにして眠るキョウジの髪を撫でながら、小さくポツリと呟いた。
そんなヒカリを、床にうち捨てられたままの魔羅鬼くん二号が、静かに見守っていた。
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