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第7話
―この身体は俺の身体じゃない。
だから、ミハイルに犯られているのは俺じゃない。―
俺は松葉杖で身を支えながら、窓の外をぼんやり眺めていた。俺の身体はいったいどうなったんだろう。舎弟達が引き取って丁寧に葬ってくれたのか、こいつの子分どもに海に放り込まれたのか.....気になるところは枚挙に暇が無いほどあるが、誰に尋ねることも出来ない。
この身体の元の持ち主の魂が何処にいっちまったのかはわからないが、少なくとも何の合意もなく大勢の野郎にいきなり犯されたら、とてつもない苦痛と絶望を味わっただろうということだけは分かる。
ミハイルに押し倒されて好き放題に身体をまさぐられるそれだけだってとてつもない不快感と精神的なストレスで死にたくなる。
男にイカされて喘ぐ自分なんぞ、見たくないし、許せない。だが、この身体の持ち主だった小僧はそれ以上の苦痛と快楽を味あわされた。
あんな動画と画像まで撮られたら死にたくなる。
―自殺.....か―
たぶん、この身体の持ち主は転落じゃなく、死にたかった。だから、ホテルの何処かから飛んだ.....。
ふと鏡に写った顔を見ると、あの画像よりは少しは年を経ているように見える。ということは、あの動画や画像を撮られたのはもう少し前、十六、七の頃か。たぶん撮られたことに気づいてもいない。恥ずかしい過去を押し隠していたものを、いきなり突きつけられて脅された。信じていた身内に裏切られて.....。世界の全てが崩壊したように感じたんだろう。
―今は少しは楽になっているんだろうか.....―
俺は五歳で両親を亡くしたが、育ててくれたオヤジは悪いヤツじゃなかった。世間的には悪いヤツだが、独りぼっちになった親友だった男の子供だからと、引き取って人並みに育て上げた。
十八までは日本で暮らした。オヤジが堅気じゃないことは薄々分かっていたが、俺は気にならなかった。マフィアの癖に『勉強はサボるな』とよく怒られた。どれだけその辺の奴らと喧嘩してきても、怒られることは無かったが、負けるとこっぴどく叱られた。
俺が高校を終わる頃に香港に戻ったとき初めてマフィアだと聞かされたが、別に俺は驚かなかった。ボスに気に入られて、いろいろ仕込まれたが、大学にまで突っ込まれたのには驚いた。いわく『アタマがなけりゃ生き延びられない』。英語やらロシア語やら、I T まで学ばされた。
―今日びの社会を生き抜くには知恵がある。シノギの稼ぎかたも変えなきゃならん―
勿論、昔気質のヤツも大勢いたし、俺も汚れ仕事も進んでやった。なにせ香港は一枚岩じゃない。ミハイルのような他所からの介入は情け容赦なく襲ってくる。殺しを避けて通るわけにはいかなかった。
だが、結局、ミハイルに力と金で切り崩されて、組織はズタズタになった。ボスの跡目は筆頭の誰かが継いだだろう。俺はもともと頭になる気はなかった。オヤジが安心して逝った後はひたすら遺言どおり組織を守るつもりだった。
まぁミハイルに嵌められて追い詰められて、お陀仏になっちまったが.....。
―ざまぁ無えなぁ......―
すんなりあの世に逝けてたなら、ボスにもオヤジにも詫びの言い様もあるものを、因りにもよって、宿敵のミハイルのペット扱いにされて犯られてるなんざ、会わせる顔なんか何処にもない。
「どうした?......傷に障るぞ」
背中越しにヤツの低音の響きのいい声が耳に突き刺さる。振り向くとワイシャツにベストのラフなスタイルでヤツが近づいて来るのが見えた。
「外くらい見てもいいだろう」
俺がむっ.....として答えると、力づくで抱き寄せられてキスされた。
「傷が治って、躾けが済めば外に出してやる。お前は怪我人なんだ、大人しくしてろ」
抱え上げられ、ベッドに投げ落とされる。
「レッスンの時間だ」
ニヤリと微笑む目に欲情が滲む。俺は黙って眼を閉じた。
―これは俺じゃない.....―
呪いのように胸の中で呟きながら、ミハイルの与える官能が行き過ぎるのをじっと待っていた。快感に我れを忘れて啼いているのは、俺じゃない。俺ではない日本人のガキだ。そう自分に言い聞かせ続けていた。
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