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第31話
その日、珍しくミハイルがまともな服を手にやってきた。
「着替えろ。ウォーミングアップが必要だろう」
いわゆるスポーツウェアだ。T シャツにストレッチパンツ。あらためて拡げてみて俺は首を傾げた。
「なぁ、小さくねぇか?」
ヤツはぷっ.....と吹き出して言った。
「お前は以前の体格じゃないだろう。何度も外出しているのに、気が付かないのか?」
そう言えば、ずっと他人の身体だから仕方ない....とは思っていたが、あらためてスポーツウェアをきて鏡の前に立つと、以前の俺とは似ても似つかない。かなり小柄で、華奢な印象がある。とりあえず、普通で楽な服装に気分も少し軽くなった。
「おや、少し背が伸びたか?」
後ろに立って眺めていたミハイルが奇妙なことを言った。
「よせよ、この年で.....」
と言いかけたが、考えてみればこの身体はまだ二十歳だ。遅めではあるが、身長の二、三センチ伸びてもおかしくはない。
「成長期に戻った気分はどうだ」
思わず俺は鏡越しに苦笑した。
「ついてこい」
ミハイルはニコライに俺の足枷を外させると、くいっ.....と首を曲げた。邸内の外れ、厳重に警戒されたエリアのエレベーターに俺を押し込む。ニコライがボタンを押すと鈍い機械音が狭い箱の中に響き、止まった。降りた周囲の暗さカビ臭さからすると地下らしい。
辺りを見回すと、部屋の壁際に屈強な黒服が四、五人直立不動で待ち構えており、真ん中に女がひとり、腕組みをして立っていた。
「待たせたな、邑妹(ユイメイ)」
ミハイルの声に女は表情も変えずに答えた。
「お気になさらず。マスター、その子ですか?」
「そうだ。小狼(シャオラァ)という。よろしく頼む」
平然と交わされる会話にムッとして俺は憤慨した。
「俺はガキじゃない。なんだ『子』てのは、それに俺は小狼(シャオラァ)なんて名前じゃない!」
「東洋人は若く見えるから、彼女はそう言ったんだ。それにお前は今は二十歳だ。立派にガキだろう。楊大人と趙夬がそう呼んでいたなら、それでいいだろう」
ボスとオヤジの名を出されてさすがに俺はムッとした。
「お前はボスでもオヤジでもない!気安く呼ぶな!」
するとヤツはニヤリと口許を緩めて笑った。
「そうだ。私はお前の『主人』だ。だから口のききかたにも気を付けろ」
中国語の『主人』は単に『命ずる者』という意味だけでなく『夫』の意味も『飼い主』の意味も含んでいる。俺は唇を噛んだ。
「一人前の口がききたければ、まず邑妹(ユイメイ)に勝ってからにするんだな」
「なんだと!?」
俺は喧嘩には自信があった。功夫(カンフー)も身につけた。ガキの時分からこっち誰にも負けたことはなかった。ところが.....
「相手になるかしら?」
と鼻でせせら笑った女は、信じられない程強かった。この身体より女の背は10センチほどは高かったが、問題はそこではなかった。
とにかく、早い。しかもしなやかな体捌きで、俺の蹴りも手刀もいとも簡単にかわし、的確に急所を突いてくる。
ーなんだこいつは.....!?ー
筋トレは続けていたものの、さすがに息が上がってきた。避けそこなって、ついに膝をついてしまった。
「もう終わりかしら?」
女が冷ややかに俺を見下ろす。立ち上がろうとする足に力が入らない。焦る俺に背後からミハイルの氷のような声が突き刺さった。
「分かったろう、ラウル。お前は以前のお前じゃない。身体そのものも一から作り直せ。邑妹(ユイメイ)、手間を掛けるが、こいつを仕込んで欲しい。どのくらいかかる?」
女は表情を変えず、淡々と答えた。
「そうですね....資質は悪くないし、センスもそれなりのようですから、半年あればある程度は......」
ミハイルは満足そうに頷いた。
翌日から、俺のトレーニングは本格的に始まり、ヤツが仕事をこなしている間は、ひたすら女の特訓を受けることになった。
激しいトレーニングは続いたが、ミハイルは相変わらず夜になると俺を組み敷いて、犯した。青あざだらけになった肌に少し眉をひそめながら、ミハイルはその痕を癒すように口づけ、吸い上げた。
「あいつは......あの女は何...者なん...だ?....あぅっ...はぁ....あぁ....ああぁっ....」
俺はヤツに口淫され、股間に顔を埋める金髪に指を絡め、身を仰け反らせながら、訊いた。
「暗殺者ーアサシンーだ」
ヤツは俺から絞り取った白濁を美味そうに飲み干しながら言った。
「ウチの組織のNo 1だった。......そろそろ引退したいとかねてから言われていてな」
「引退?.....まだ若そうだが?」
意外そうに呟く俺を乱暴にひっくり返して、ヤツは面倒くさそうに言った。
「何を言う。.....邑妹(ユイメイ)はとっくに五十を超えてる。親父の愛人でもある。そろそろ引退して親父の世話に専念したいと言われてな....」
ミハイルの父親、レヴァント-ファミリーの先代は高齢で、どこかの『別荘』で隠居暮らしをしているらしい。
「お前の愛人かと思った....」
皮肉めかして呟くと、ヤツは俺の内奥にもぐらせた指で敏感な部分を激しく擦りたてた。
「あっ......あひっ.....ひあぁっ.....!」
形の良い薄い唇が微かに笑う。
「妬いたのか?」
「そんなわけが......ある....か!......あっ......ああぁっ.....よせっ.....あひっ.....」
ヤツはいっそう激しく俺を攻めたて、身を悶えさせて快感の波にうち震える俺の耳許に唇を寄せた。
「安心しろ、ラウル。俺が抱くのはお前だけだ。............そら、イけっ!」
ヤツは嬉々として俺を攻めたて、そして、いつもどおり自分の精を存分に注ぎ込むまで離さなかった。
俺は途切れ途切れの息を吐きながら、ヤツに訊いた。
「お前.....は、俺を彼女の後釜にするつもりか?」
「いや......」
ヤツは軽く頭を振って言った。
「お前にはもっと役にたってもらう..........お前の大事な息子や家族のために、な」
悪魔が、天使のような優し気な声で囁いた。
「お休み、ラウル。良い夢を......」
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