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第39話

 レセプションとかいうやつが始まり......俺はまず支社長の開会挨拶やらミハイルの挨拶やらを日本語訳させられた。本職の通訳が数人はいるが、ミハイルが俺を指名したのは、成る程ロシアン-ジョークというか、ミハイルの皮肉たっぷりの講話を当たり障りなく無難に変換せねばならないからだ。    オブラートに包んではいるが、有無を言わさず、レヴァント-グループの支配力をじわじわと見せつける巧妙さは見事なものだ。  堅気の企業のオーナー達は経営者としての力量の差を見せつけられ、言葉も無い。と同時に個別のコミュニケーションに関しては人の気を反らさぬ話し方をする。厳しい表情から一転して何処と無く無邪気さを感じさせるような笑顔を見せる。少なくとも、俺には無理な芸当だ。  場はパーティに移り、それぞれ軽食と飲み物を手にし始める。俺は秘書らしくミハイルの好みの前菜とスコッチのグラスを渡し、少し離れて聞こえないようにボソッと呟く。 『この人たらしの二重人格....』  チラッとブルーグレーの目がこちらを伺い、 手招きした。某企業の社長が挨拶に近寄ってきた。型通りの自己紹介をして、ミハイルは如何にもありきたりの世間話のように切り出した。 『最近、仔犬を飼い始めたのだが、なかなか慣付かなくてね。.....いい躾け方は無いだろうか?』  思いっきりな嫌味に内心ムッとしながら、ビジネスマンらしく、笑顔で日本語に変換して伝える。人のよさそうな社長は極めて真面目に考えて言った。 『躾をする人間を一人に絞ることです。気を反らさないよう、世話もきちんとプレジデントご自身でなさると早く慣付きます』 『そうか.....』  ヤツが口の端を僅かに上げてニヤリと笑った。社長に罪はないが余計なことを吹き込まないで欲しい。  それにしても居心地が悪い。何しろ人の目が多すぎる。じろじろ見る奴もいれば、こそこそと盗み見て何やら噂する人間もいる。 『何をそわそわしている?』    ヤツが落ちつかない俺の耳許で囁いた。 『やたらと人に見られている気がするんだが...』  俺が眉をひそめると、ヤツは白々しくウィンクしてみせる。 『お前が美人だから、みんな見惚れているんだ』 『止してくれ。俺は目立つのは嫌いだ』  俺が憮然としているとフロアの片隅から一人の男がツカツカと歩み寄ってきた。ターゲットだ。 「初めまして....私、高瀬物産の社長をしております。高瀬歩と申します」  そこそこ美人な秘書嬢を傍らに薄気味悪い笑顔を見せる。 「レヴァントのCEOには、是非一度、ご挨拶をと思いまして.....私の甥がお世話になりまして...」 「これはご丁寧に.....彼はようやく少しずつ回復してきてるようです。同行できるほどではありませんが.....」 「そうですか。いずれ私が引き取りに参ります。親を亡くしたショックとは言え、ご迷惑をお掛け致しまして....」  いかにも白々しい言いようにミハイルは無表情で黙った。不機嫌そうなヤツに、高瀬歩はチラリとこちらを伺い....一瞬、顔色を変えたが如何にも儀礼的な口調で言った。 「こちらの美しい方は?...ご紹介いただけますか?」 「私の同行した通訳だ」 「失礼。ウチの甥と良く似てらっしゃる。.....中国の方なんですか?」 「そうです」  わざと日本語で答え、不快そうな目線を投げる。 「失礼、ちょっと外させてもらう」  ミハイルがわざとらしく遠ざかる。高瀬歩が、秘書に飲み物を取りに行かせた。 「諒....じゃないのか?」  俺はぴくりと眉を上げてみせた。まぁそうとも言えないことは無いが、違うことは違う。 「人違いですよ」  わざとらしく作り笑顔を見せると、他から見えないように、手帳を取り出すと何やら書きなぐり、俺の手に握らせた。  頃合いを見計らってヤツが戻ってくる。 「待たせたな。小蓮(シャオレン)、そろそろ時間だ。皆さんに挨拶を.....」 「かしこまりました」  俺はミハイルと共に中央に戻った。 「かかったか?」  とヤツが小声で訊き、俺はたぶん....と小さく頷いた。  お開きの挨拶とともに客はそれぞれ散っていき、俺はミハイルとは別のエレベーターに乗り違う階で降りた。渡された紙切れを確かめる。 ー話がある。22時にロビーでー    俺は部屋に戻り、ミハイルに紙切れを差し出した。 ーダンス-タイムだー  ヤツは葉巻に火を点けて、俺に手渡した。 ーワルツは得意か?ー  当然だ。俺はタリズマンの香りを深く吸い込んで、微笑った。  

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