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第42話
ロシアに帰った俺の『仕事』はまず、ニコライが高瀬歩のパソコンから抜いてきたデータの解析だった。
同時に、ニコライが高瀬歩のID を使って、凌征会のデータベースに侵入、洗いざらいデータをコピーし、組長から末端までのモバイルのデータや通信記録までハッキングした。
「バレないのか?」
さすがに心配になって俺が訊くと、ミハイルはシガーロを咥えて口の端を小さく歪めた。
「アユム-タカセは休暇届を出して、旅行に出たまま行方不明だ。パソコンも持参している。遺体が発見されることはまず無いし、発見されても殺ったのは凌征会のチンピラだ」
「えっ?」
と俺が不思議そうな顔をすると、ニコライがディスプレイに向いたまま答えた。
「セキュリティ-システムの画像を全て入れ替えてありますから。ホテルから彼と車に乗ったのは、あなたによく似た女性で、30分後にエントランスから帰った。その間に駐車場から凌征会の男がエレベーターで12階に向かった。タカセの部屋のインタフォンは故障中で画像の録画は出来ない」
「その俺に似た女性てのは?」
「早朝にあのホテルを出て、香港に帰国しています」
「ダミーまで用意していたのか....」
俺はあまりの周到さに舌を巻いた。
「仕事は綿密に、完璧に......だ」
ミハイルは俺にウィンクして、ニコライに命じた。
「銃や麻薬取引のデータはアユム-タカセの名前で検察に送ってやれ。政治家や実業家への贈賄のデータはマスコミに流せ」
「容赦ねぇなぁ......」
俺は言葉が無かった。これで最大の暴力団、田山組を敵に回したら、完璧に凌征会は息の根が止まる。ミハイルのシナリオでは、司法取引を狙って凌征会が田山組を売る形で、田山組の麻薬取引やヤバいデータが凌征会の会長のID から検察に流れる。当然、どっちも警察や検察の内部に内通者がいることは承知の上だ。
ふと俺はある事に気づいた。
「人身売買のデータは無いのか。顧客リストとか.....」
「ある」
ミハイルは俺の問いに眉根を曇らせて答えた。
「ヤバい映像もかなり.....」
ニコライが付け加えた。
「被害者の人権があるからな。被害者が日本国内に留まっていたり、亡くなっている場合でも、慎重に扱わないといけない。....検察の査察に任せるさ」
ミハイルは煙草をねじ消して言った。
「高瀬 諒に関するデータは消しておいた。国内にある分は全て、な」
「結構な手間でしたけどね」
「どういう意味だ?」
尋ねる俺に、ニコライが代わって答えた。
「オークションのような形式を取っていたらしく事前に『出品』される被害者の画像や個人データが招待客に送られるんですよ。それを見て招待客が参加の返事をしてくる。金を用意して....ね」
「海外にもその『招待客』がいるわけか」
「私達、組織の人間や専門のブローカーに流れる。私は参加したことは無いし、人身売買と麻薬は扱わない。少なくとも私の代では」
ミハイルはさりげなく言った。さすがは経済ヤクザだ。足の着くようなヤバいネタは扱わないというわけか。やるのは企業の乗っ取り、株価操作、それと......。
「武器は扱いのうちか.....」
「世界の紛争はまだ続いている。私の傘下には歴史ある重工業の企業もIT の企業もあるのでね」
「死の商人てヤツか......」
そこいらの娼婦からショバ代を巻き上げたり、遊興施設から見締料を取って、興行師とかで稼いで、いいところがクラブやカジノの経営だった俺達とは雲泥の差だ。勝てる訳がない。
「戦争を続けたがっているのは顧客達だ。私はビジネスをしているだけだ」
「まぁそうだろうな.....」
レヴァント-ファミリーの後ろ楯はロシアという国家そのものだ。それが世界の現状というやつだ。俺は大きな溜め息をついた。
「崔伯嶺のシンジケートは、違うがな」
ミハイルは言葉を切った。崔のシンジケートは、黄金の三角地帯と呼ばれるアジアの広大な芥子や大麻畑、早い話が阿片とマリファナの生産地を握っている。つまりは麻薬王であり、そこで違法ドラッグの製造もしている.....らしい。香港にも流れてきていて、そいつに手を出して廃人になっちまったやつも少なくない。
「凌征会のオークションにはヤツややつの配下のブローカーも参加していたようですね」
ニコライがさりげなく言う。
「あいつは西側のセレブとも深い繋がりがあるからな.....」
ミハイルとは真逆な方法で一大勢力を誇る崔ファミリー.......どちらが罪深いのかは俺には判断できない。ただ....
「あんたは、オークションに参加したことはないのか、日本の.....ではなく、崔の、とか」
俺は、ベッドに押し倒されながら、ヤツに訊いた。
「ある。.....敵情視察ってやつだ」
ヤツはしれっ.....と返してきた。
「誰か適当な相手はいなかったのか?.....あんたの好みの男でも女でも.....」
不貞腐れ気味に言う俺に、ヤツはニヤリと笑って囁いた。
「妬いているのか?」
「違う。.....犯りたければ、幾らでもいるだろうと言ってるんだ。俺なんかに小細工しなくても、お前なら選り取りみどりだろうが.....」
冗談じゃない。俺に屈辱を味あわせたければ、他にも遣り方があっただろう...あんな面倒臭い真似をしなくても、敵だった男を犯って情人(イロ)にしてしまおうなんて、悪趣味の極みだ。
ヤツはムクれて睨みつける俺にくすっと笑い、そして恐ろしいほど真剣な顔で言った。
「ラウル.....お前はまったく分かっていない。私が欲しいのはお前だ。全てを支配したいのはお前だけだ」
「俺は...お前に....支配なんか.....されたくない」
抗議する言葉と裏腹に俺の身体はヤツの愛撫に今にもぐずぐずに溶けてしまいそうだった。
「困ったパピィだ....。そんなに蕩けた眼で...煽るのが上手くなったな」
「煽ってなんかいない。俺は.....」
ヤツの舌が俺の唇に捩じ込まれ、俺は言葉を奪われた。執拗に口中をねぶられ、舌を絡まされ、唾液を吸われ......それがどうしようもなく甘く俺の意識を蝕んで......。
結局、俺はヤツに縋りついて揺すぶられるままにあられもない声をあげていた。
ヤツの唇がー愛してるーと何度も囁いて.....、俺は何もわからなくなった。
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