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第46話

「この辺でいいだろ?」  カマキリ男を店から連れ出し、誘き出したのは、あのの海岸沿いの倉庫群の一画だった。 「人目につくところだと、ボスに怒られるから...-」  耳許で如何にもな甘い声で囁いて、見つめる。首に手を回してしなだれかかる。 「悪い子だ....」  カマキリ男は俺を倉庫の煉瓦の壁に押し付け唇を重ねてくる。酒臭い湿った感触をひたすら我慢して、尻や太股を撫で回す手が忙しなく這い回るのを感じる振りをするのはとてつもなく苦痛だった。  カマキリ男の指が俺の長袍の襟を開き、喉元に唇を這わせてきた。と同時に俺は長袍の袖に隠していた刀子を、男の首輪に突き刺した。狙いどおり、盆の窪に深々と突き刺さったそれに、男は目を見開き、足許に崩折れた。 「な....て...めぇ...」  虫の息で長袍に縋りつく痩せた指を振りほどき、俺は死にゆく様を冷ややかに見下ろしていた。 「俺はお前に二度殺されたんだ。一度で済んでありがたいと思え.....」  俺はもはや何も聞こえないであろう男に言い捨て、倉庫の傍らに身を隠して、周に電話した。 「済んだ。後片付けを頼む」  俺はしばらく息を潜め、周達が慌ただしく駆けつけ、死体を始末するのを見届けて、ホテルに帰る.....筈だった。  アクシデントは、俺が倉庫群から離れようとした時に起こった。周の奴が悠長に死体と戯れていたところに、江ファミリーの連中が、カマキリ男を捜しに来たのだ。当然、撃ち合いが始まった。俺は倉庫の影に身を隠していたが、周の兵隊の射撃があまりに下手過ぎて、我慢がならなくなり、傍にいた下っ端の自動小銃(アサルトライフル)をもぎ取っていた。 「貸せ!」  コルト-コマンドーはあまり得意な方では無いが、選んではいられない。小脇に抱え、鉛玉の降り注ぐ真っ正面に駆け入った。片足を伸ばし、重心を低く取り、叫んだ。 「伏せろ!」  周達が一斉に地面に這いつくばり、俺は銃爪を引いた。20連射で江の奴らに片端から鉛玉を撃ち込む。周達の伏せての援護射撃もあり、江の連中はすべて地面に倒れ付した。 「凄ぇな、あんた......ラウルの野郎みたいに命知らずだ」  眼を剥いて立ち竦む周を一瞥し、俺は弾切れになった自動小銃(アサルトライフル)を傍にいた奴に押し付け、背を向けた。 「舎弟はもう少し鍛えておくもんだぜ」 ー後は奴らに任せればいい.......ー  硝煙の立ち込める倉庫群から、俺はぶらりと湾岸のあたりに向かった。久しぶりの火薬の匂いを飛ばすためだ。両手に残った銃の重みが心地良かった。  俺は洒落たオープンカフェのデッキチェアに身を収め、コークハイをオーダーした。  対岸の港の灯りが煌めいて、懐かしい時間が蘇ったような気がした。既に失われた、自由で野放図な日々に思いを馳せた。  仲間達と笑い合いながら港をぶらぶらと彷徨きながら、ストリートガールに冷やかしの声を掛け、酔い醒ましに岸壁に座って、沖合いに停泊する豪華客船の灯りを眺めていた。  遥か彼方に煌めく上品で華麗な無法地帯を余所目に、安い缶ビールを開けながら安っぽい夢を見ていた。それでも、俺は充分幸せだった。

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