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ミハイルside 3~新しい始まり~
『ひとりにしてくれ.....』
サンクトペテルブルクの本宅にラウルを誘い、今日からここで暮らせ....と告げた。
彼は部屋に案内すると、辺りをひとしき見回し、そう言って扉を閉めた。
『最適解だよ....』
扉越しに呟いた声が彼に届いたかどうかはわからない。だが私には廊下を遠ざかるより無かった。
エルミタージュから帰ってからずっとベッドに腰掛けて頭を垂れているラウルの姿はさすがに私の胸を刺した。私はつい一時間おきに防犯カメラのモニターを覗き込み、ニコライにチェックを入れていた。
『変わりないか?』
『ありません。空腹に耐えきれなくなったら動きますよ。人間てのはそういうもんです』
ニコライは苦笑しながら言った。実に現実的かつ妥当な回答だが、私は待ちきれなくなっていた。私は彼に詫びなくてはならない。恋人のこと、今までのこと......だが、その横顔は昏く室内を見つめ続けるばかりだった。
夜半を過ぎ、さすがに私の忍耐力にも限界がきていた。早く彼の顔が見たかった。
「落ち着いたか?」
コンコン......と軽くノックをし、扉の隙間から顔を覗かせた。彼は少しだけ顔を上げて私を斜に睨んだ。
「学者になったんじゃ無かったのかよ?!」
ラウルの言葉は、私の想定していたそれとは違っていた。私は心もちほっとして、彼を見た。私を拒む眼差しでは無かった。
「なりたいとは思ったが......事情が許さなくてね。それに、学者じゃ天女は捕まえられない」
「お前なぁ.....」
彼は私の言葉に深く溜め息をついた。私は彼に歩み寄り、そっと傍らに座った。
「怒ってるだろうな...」
「当たり前だろ!」
彼は呆れたというように私の顔を見た。怒りに染まった顔.....ではなかった。想定を外され、とにかく伝えるべきことを言わねば、と私は口を開いた。
「お前の女のことは....あれが精一杯だ。彼にはウチの支社に入れるように手配してある。当面は修行が必要だがな」
彼らが恋仲になったのは不可抗力だ。私は最善を尽くした。それは理解して欲しかった。そして、またもやラウルの答えは『想定外』だった。
「彼女のことはいい......俺が怒っているのは、そこじゃない!」
「じゃあ、何だ?」
私の胸がざわざわと騒いだ。
「何で最初から言わなかったんだよ!?」
「何を?」
私は平静を装い、問いかけた。
「だから.....俺は友達だと思ってたし、お前がマフィアの跡継ぎだなんて知らなかったし....」
至極、真っ当な答えだ。私も正直に答えた。
「私は跡を継ぐ気は無かった。お前が香港マフィアの幹部の倅だと知って、気が変わった」
ー私はお前を手に入れるためなら何だってするー
彼は動揺し、眼を見開いた。
「ちょっ......俺のせいだって言うのかよ?」
「そうは言っていない。背中を押してもらっただけだ。いずれ継がなきゃならないこともわかってはいたからな」
彼を追い詰めてはいけない。私は慎重に彼の顎を掬い上げた。
「男は強くなきゃいけない....って言ったのはお前だ」
私は彼の唇を塞ぎ、ベッドに押し倒した。
「欲しいものがあるなら力ずくでも手に入れる。........マフィアというのはそういうもんだろう?」
私の心臓が激しく脈打っていた。
「だからって......俺は女じゃない!お前だってそんな事は言って無かった」
「私はお前を失いたくなかった。あの時、私が告白していたら、お前は拒絶しただろう?」
彼の足掻きに、私は率直に応えた。
「恋をする相手が異性とは限らない。.....恋愛自体が苦手だったお前には想像もつかなかったろう?」
そう、あの頃もラウルは恋愛が苦手だった。何人かデートに誘われたり、告白されたりしていたが、その度に私にー断ってくれーと頼みにきた。
「だから安心してたのに....」
私の恨み言に彼は口を尖らせた。
「俺だって普通の男だ」
私は彼の胸の突起を抓り上げた。しなやかな背中が反り上がり、声が漏れた。
「もう過去形だな、ラウル」
私は彼の耳許で囁いた。そう、彼が『男』を誇っていた過去は終わったのだ。
「お前は私の『女』だ。.....誰にも渡さない」
「てめっ........あっ.......あうっ....」
私は彼の胸をきつく吸い上げ、スラックスの中に手を潜り込ませた。
「可愛いラウル.....。ちゃんと帰ってきてくれたら、ずっと友人で我慢するつもりだったのに...」
「な.....あっ.....やめ.......あんっ!...」
私は彼の括れをきつく握り、指先で先端をこじ開けた。彼は身体を戦慄かせ、私を睨み付けた。私は愛おしい彼のモノを撫でながら言った。
「お前は私との約束を完全に忘れて、私の再三の誘いにも一向に応じなかった。お前は組織のことしか考えていなかった。私はそれが許せなかった。だから、私はお前から組織を取り上げた」
「そん...な....あっ....あひっ.....あんんっ......ああああぁっ!」
彼は私の手淫に呆気なく達してしまった。
私は彼のスラックスと下着を一気に引き剥ぎ、愛らしい蕾に指を潜り込ませた。
そこは既に淫らに蠕動し始めていた。私の指を美味そうに咥え、絡み付き、脈動して私を強請っている。
私は彼の耳許で囁いた。
「気持ちいいか?.....ラウル、お前は私との約束を守らなかった。だから、これは罰だ」
「そ......んな.......あっ.....ああっ.....ひんっ.....」
容赦なく前立腺を擦り立てると、甘い声で彼は啼いた。身を捩り、腰をくねらせ、私をなおも煽りたてる。
「欲しいか?......もぅ逃がしはしない。私の可愛いパピィ........お前は私だけのものだ」
指が二本に、三本に増やし、彼の内を責めたてる。身悶え、喘ぎ啜り泣きながら、彼は私に身を摺り寄せた。ふっ.....と彼の唇が呟いた。
「済まない.....俺のせい.....だ」
私は、一瞬、耳を疑った。
ラウルの手が頭を掻き抱き、優しい囁きが耳に触れた。
「俺は......お前のものだ。........来て....俺の中を満たしてくれ.....」
待ちわびた瞬間だった。私は私の印を彼の最奥に突き立て、彼は淫らな声をあげて私に縋りつき、身をよじる。彼は愛らしく咽び啼きながら、達した。
私は彼の中に何度も放ち....何度も呟いた。
「愛してる...愛してる、ラウル...」
私は愛しい魂を抱きしめて、泣いた。
思いのたけを打ち撒まけた後、ぐったりと横たわる彼の髪を撫でる。どうしようもなく愛おしい私の天女...私だけの観音菩薩.....。
漆黒の瞳が私を見上げる。出逢った日の、あの時と同じ眼差しで.....。
「なぁ、ミーシャ.....」
彼は少しだけ意地悪く唇を歪めた。
「俺があの時、死んじまってたらどうしたんだ?」
「そうだな.....」
私は少しだけ考えて言った。
「香港を沈めて、修道院にでも入ったかもな....」
彼の、ラウルのいない世界は、私には何の意味も無いのだから.....。
「あんたの愛はヤバ過ぎる...」
可愛らしい溜め息が耳に触れた。
私は微笑んで、私の観音菩薩に口付ける。私だけの極楽浄土、パライソに君臨する美しく血生臭い女神に.......。
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