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第61話

 実際、多くの場面において、俺は蚊帳の外だった。まぁ腹の底から信用されていないというのはあるだろうし、それは俺も同じ事だから責める筋合いではない。  だが時折、ヤツが疲弊した体で黙って中空を見つめていたり、何かを言いかけて口ごもる姿を目にすると、胸が痛む。何故かは分からないが、俺まで苦しくなる。 『会社が大変なのか?』 とニコライに訊くと、 『至って順調です』 と素っ気ない返事がかえってくる。 『縄張りがヤバいのか?』 と邑妹(ユイメイ)にこっそりと訊くと、 『全然、そんなこと無いわ』 と笑って答える。  だが、俺の知らないところでー何かーが起こっている。俺の勘がそう告げていた。  ヤツの周囲の部下にも以前より緊張感が増している気がして、どうにも落ち着かない。  その理由がおぼろ気にわかったのは、ミハイルが仕事で数日間、屋敷を空けていた時の事だった。部屋の窓から外を眺めていると、ミハイルの部下らしき黒服が、来訪者と押し問答をしていた。身形もきちんとして礼儀もわきまえていそうな紳士然とした男だ。誰かの使いなのだろうか、手に大きなリボンのついた箱を二つ三つ持っていたことだ。  まぁ、ミハイルはロシアでも名だたるコンツェルンの総帥だ。貢物が届くのはそう珍しくも無い話だ。マフィアのボスだし、機嫌を取りたいヤツはごまんといるだろう。今さら何を騒いでいるのだろう、と不審がっているとミハイルの配下らしき男が肩を竦め、ワイヤレスフォンで誰かを呼んだ。出てきたのは、邑妹(ユイメイ)だった。  彼女は、こちらを見上げ、困ったように溜め息をついた。俺は急いで階段を降り、エントランスから顔を覗かせた。 「邑妹(ユイメイ)どうかしたのか?」  俺が声をかけると彼女は肩をそびやかせて言った。 「あなた宛のプレゼントなのよ、小狼(シャオラァ)。ミーシャからは何も聞いていないし.....」 「爆発物は?」  と訊くと、使いの男が憤慨して答えた。 「私は老舗の仕立て屋です。サンクトペテルブルクで長く店を構えています。とある方からお預かりした生地でご希望どおりのデザインの服を仕立てて、指示のあったこちらにお持ちしただけです」 「ある方?誰だ?」  ミハイルの部下が訊いた。 「アンティークなどを扱っているバイヤーだと仰有ってました。こちらのお屋敷にいらっしゃるレディにお届けするように、と」  使いの男は少々首を傾げながら言った。男の身元は確からしい。 「邑妹(ユイメイ)、あんたへの贈り物じゃないのか?じゃなきゃタニアにだ」  俺の言葉に邑妹(ユイメイ)が眉をひそめた。 「あなた宛てのカードが付いているのよ、小狼(シャオラァ)」 「はあぁ?」  手に取ったカードは真っ白で、ただ、ー狼小蓮さまへーと記されていただけだった。 「贈り主様からのカードは、お箱の中にあります。そういうご指示だったので...」 「とにかく受け取って中を確かめよう、爆発物でも無いようだし.....」  俺はとりあえず場を収めるべきだと思った。が後で後悔した。  エントランスで開いたその箱の中には、確かに爆発物も毒物も、盗聴器やGPSといった怪しげな代物も入ってはいなかった。  中に入っていたのは.....  女性用のアオザイだった。真っ白な生地に金糸で絡み合う二匹の龍.....。もうひとつの箱は、金糸の刺繍の施された沓だった。 「邑妹(ユイメイ)?」  中に入っていたカードを見た邑妹(ユイメイ)が瞬時に顔色を変えた。俺は邑妹(ユイメイ)が隠そうとしたそれを素早く手に取った。俺は思わず総毛立ち、それを投げ捨てた。  そこに書かれていたのは...見たくもない名前と信じがたい言葉だった。 『いずれ必ずお迎えにあがります 崔伯嶺』  所用から戻ったミハイルに俺と邑妹(ユイメイ)とあの場にいた配下が、こっぴどく怒られたのは、言うまでもない。

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