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第76話

ー愛してる?.....俺が?.......こいつを?ミーシャを.......?ー  俺は暖炉の焔のほの明かりの中で、じっとミハイルの顔を見た。金色の長い睫毛がキレイだ。整った高い鼻筋、彫りの深い顔立ち、きゅっと引き締まった形の良い男らしい口元。存外に太い長い首に地球さえ背負えそうな逞しい肩。分厚い胸板、どっしりとした腰も筋肉隆々たる背中や長くしっかりと筋肉のついた腕や脚も金色の体毛に被われ、まんま百獣の王、ライオンそのもののようにすら思える。その眼差しは厳しく強く.....けれど時折、そのブルーグレーは、ロシアの海のように深い優しさを湛えて俺を見つめる。俺はその波に揉まれ漂う小さな小舟のように自分の心がゆらゆらと揺れるのを感じていた。 ー俺はこいつに撃たれて、身体を取り替えられて......ー  そして、犯された。女のようにミハイルの男を咥えこまされて、快感に身を震わせて喘ぎ、啜り泣き、昇りつめる.....淫らな身体に造り替えられてしまった。ヤツのモノに深々と穿たれて、精を注ぎ込まれる愉悦に身を捩り、その背に縋りつく恥ずかしい雌に.....。 ーその挙げ句に......嫁だとぉ~!?ー  正直、俺にはさっぱり分からなかった。あのミーシャが......内気で照れ屋で、はにかむ笑顔が可愛くて、夢見る瞳で東洋への憧れを語っていた、ひょろっこい王子様が、今や泣く子も黙る氷の国の帝王だ。表でも裏でも絶大なる権力と威厳を持って君臨する百獣の王だ。 「いつの間に変わっちまったんだ......」  俺には信じられなかった。色々なことが.....。あの優しかったオヤジがスパイだったらしいことも、ミハイルが俺を『助けたい』と思っていたらしいことも......俺だけが何も知らないままに時が流れて......そして、ミーシャに出逢った頃まで、時間を巻き戻されて.....。  だが、今の俺達にあの図書館の窓辺は遠い。 ーはぁ.....ー  確かに、俺はヤツとミハイルと離れたいと思ったことはある。自由が恋しくないと言えば嘘になる。 ーけれど....ー  たったひとりで、孤独に王座を護り続けねばならないヤツの力になりたいと思った。支えになれるなら、なってやりたいと思った。眠っているヤツの顔に射す深い陰を少しも和げてやりたい.....その思いが日増しに強くなっていることも事実だ。母親代わりだった邑妹(ユイメイ)までも、今は何処にいるかわからない。 ーこいつを独りにはしたくない。独りにするわけにはいかない.....ー  あの時、学生だった時、この異国の街で俺は独りぼっちだった。ミーシャがいなかったら.....俺はきっとこの国の冬に耐えられなかった。その冬をヤツはひとりで耐えてきた。 ーこいつの心を凍えさせるわけにはいかない...ー  何故だか俺には、それが使命のように思えた。それが『愛』だというなら......。 「愛してる.....んだろうな」  俺は大きな溜め息をついて、シーツにくるまり、眼を閉じた。......と、いきなりヤツの腕が背後から俺を抱き竦めた。 「なんだよ、起きてたのか.....」  跳ね上がる鼓動を抑えて、つとめて平静な素振りでヤツを振り返る。 「今、目が覚めた」  ヤツの吐息が耳に触れ、鼓動が一段と大きくなる。 「甘い囁きが聞こえたもんでな...」 「なんだそれ.....?!」  逃れようとする俺をヤツの腕が羽交い締め、獅子の牙が俺の耳を甘噛みして、囁いた。 「ラウル.....愛してる。私の全てを賭けて、お前を守る......」  その時、俺はまだ知らなかった。    ヤツを狙った崔のスナイパーが逆に狙撃されてビルから転落死したことも、レヴァント本社にヘリが突っ込まれそうになったところを空軍の戦闘機に撃墜させたことも....。ーサンクトペテルブルクは警戒空域だから自業自得だ、ーとミハイルは後に言っていた。  俺の知らないところで、既に『戦争』は始まっていた.....。  

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