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第82話
ヴィボルグまで130㎞。次第に深まる夜の闇をヘッドライトとエグゾーストが切り裂いていく。ミハイルが出発してから約1時間、街の入り口至ったところでニコライからの通信が入った。
『通信妨害は解除されました。既にボスは敵と対峙してます』
「相手は崔か?」
『分かりませんが交戦は始まっているようです。』
「場所は?」
『ヴィボルグ城です。私もすぐにサンクトペテルブルクを出ます。無茶はしないでください、ラウル』
「わかってる」
俺はリストルーターのスイッチを切り替え、イリーシャに叫んだ。
「急いで!ミーシャがヤバい!」
俺達がヴィボルグの街中を走り抜け、城に辿り着いた時、城の方では既に銃声が乱れ飛んでいた。見かけた事のあるミハイルの部下が負傷して壁に凭れていた。
「ミハイルは?!」
イリーシャがバイザーを上げて聞くと、彼は顔をしかめながら言った。
「中です。広間のほうに.....」
バイクのメーターの上にセットしたモバイルがミハイルの位置を示してくれる。
「イリーシャ!」
「わかってる」
イリーシャのバイクが城に近づくと同時に周囲から銃弾が幾つも掠めた。見慣れない連中だ。
「行くぜ!」
俺はインナーのファスナーを開き、手榴弾を手に取った。口でピンを抜き、銃口を向けてくる奴らの真ん中に投げ入れた。爆発音が響き。数人の男が吹き飛ぶ。そのまま銃口を向ける連中のど真ん中に突っ込む。
「イリーシャ、肩貸せ!」
俺はイリーシャの肩を支点にショットガンを構え、遠慮なくぶっ放す。城への道は通ったが、まだ銃声は止まない。
「突っ込むか?」
イリーシャの言葉に俺は無言で頷き、城の中にバイクごと突っ込んだ。階段をフルスロットルで駆け上がり、塔の足元に広がる広間へ。
銃声が一段と大きくなる。数人の男が奥まった壁の影に向かって銃彈を放っている。
応戦する銃声は少ない。壁の間から微かに金髪の横顔が覗く。
「ミーシャ!」
俺は叫び、怯む男達の頭上を銀色の車体が飛び越え、壁に潜む男の盾になる。と同時に俺の手が銃を向ける男達に向かって手榴弾を投げつけた。直撃したやつとその周辺の奴らが血飛沫をあげて倒れる。
「ラウル!」
俺を見て見開かれた瞳は間違いなくブルーグレーで、その金髪が所々血に染まっていた。脚と腕からも血が滲んでいた。
「撃たれたのか、ミーシャ」
俺はバイクを飛び降り、キスを一つ。それからヤツのシャツを裂いて傷を縛る。
「大丈夫だ、かすり傷だ....それよりお前なぁ...」
はぁはぁと肩で息をしながら、ミハイルが時々眉をしかめる。かすり傷どころじゃない。
傷を手当てしている間に外から人の気配が近づいてくる。
「行くぞ!」
イリーシャの手を借りて、ミーシャの身体をタンデムシートに押し上げた。と、人の入ってくる気配がした。俺はマシンガンを手に取った。
「イリーシャ、ミーシャを頼む!」
「ラウル!」
イリーシャは俺の決意を汲んでくれた。大きく助走を取り、バイクは入ってくる男達の頭上を飛び越えて外に出た。
俺は入ってきた男達をマシンガンで乱れ撃ち、そのまま、外に出て、イリーシャのバイクを追おうとする奴らに銃弾を撃ち込んだ。
ワイヤレスからニコライの声が届いた。
『ラウル、ボスは確保しました。急いで!』
俺はほうっと息をついた。次の瞬間、右腕に衝撃が走り、俺の手から銃が零れ落ちた。俺の前に黒い影が、立ちはだかった。
「行け!早く!」
俺はワイヤレスに叫んだ。
「ミーシャを安全な所へ!俺に構うな!」
『ラウル?』
「早く!後から行く!」
そう言って俺は車の発信音を確かめ、ワイヤレスを投げ捨てた。ニコライは誰よりもミハイルが大事な男だ。間違いなく『任務』は遂行してくれるはずだ。
ーミーシャ、地獄で待ってる.....ー
俺は右腕を抑えて目の前に立つ男を見据えた。血が指を伝う。かなりの使い手だ。だが、俺にもまだナイフは使える。近寄ってくる男に満身の力を込めて切りつけた。けれど......男はゆらりと身をかわし、俺の腕を捻り上げた。激痛が走り、俺はがくりと膝を落とした。
「お転婆が過ぎますよ、レディ」
月明かりの下、木陰からゆっくりと忌まわしい姿が近寄ってきた。青白い月光に照らされたそれは死神そのものだった。
「崔.....てめえ...」
体温の無い白蝋のような指が俺の顎を上向かせた。
「まったく.....レディはもっとおしとやかにするものですよ。あの野蛮人ときたら、レディのエスコートすらできない。...私が躾け直してあげますよ。苓芳(レイファ)、あなたは女王になるのですから」
「何言ってんだ、てめ....ぇ....」
言い掛けた時、酷薄な薄い唇がニンマリと笑い、何かが月明かりにキラリと光った。同時に首筋にチクリと痛みが走り....俺は気を失った。
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