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第91話

「待たせてすまん...」  薄物をひらめかせて抱きついた俺の背中を大きな熱い手が抱きしめる。 「ミーシャ、これ外して....」  俺は枷で戒められた両手をミハイルの目の前に突き出した。ヤツは少し眉をしかめ、だが目を細めた妙な表情で呟いた。 「崔もなかなかいい趣味をしてるな...」 「いいから...!」  むくれる俺の両手を前に突き出させ、両手を繋ぐ鎖をミハイルのスフィンクスが撃ち抜いた。銃声は爆音に掻き消されて外には響かない。 「行くぞ!」  俺はミハイルに手を引かれて部屋を飛び出した。初めて見る部屋の外は無機質な要塞そのものの造りで、俺は改めて驚いた。 「待って」  俺は足許で息絶えている崔の部下の手からアサルトをもぎ取り小脇に抱えた。 「お前な....」 「ストレス溜まってんだ!」  廊下を走りながら、向かってくる崔の部下を撃ち倒し長い廊下を走り抜ける。赤外線ランプを幾つも擦り抜け、トラップを破壊しながら進む。異変を知らせる警報器の耳障りな響きがコンクリートの壁に幾重にも反響して、苛立ちを加速させる。 「こっちだ!」  ミハイルが一枚の扉の前で止まり、俺を招き入れた。薄暗い赤いランプの下、不気味なまでの静寂の中を用心深く進む。 「ここは?」 「地下通路だ。.....あまり周りを見るな」 「え?...」  言われて反射的に周りを見回してしまって、俺は硬直した。大きな廃棄物用のコンテナから、大小の手や脚が覗いている。その周辺には水溜まり....いや、おそらく血溜まりが幾つも出来ていた。 「これは.....」 「内臓を抜かれた後の遺体だ。まとめて焼却するつもりだろう」  俺は思わず目を背けた。死臭に混じって、異様な匂いが扉の向こうから流れてくる。 「麻薬だ。吸い込まないようにしろ」  俺はミハイルに倣って袖で鼻と口を押さえ、鍵の撃ち抜かれた扉の空間に身を滑らせた。 細い通路の両脇に幾つもの鉄格子の填まった扉が続き、力無く横たわる人影が視界を横切る。 ...と、突然、誰かが俺の服の袖を引いた。 「な、何....」  振り返ると、細い骨ばかりになった少女の指が袖の端を握りしめていた。 「薬を....薬をちょうだい....」  菫色の眼は虚ろで、色の褪せて土気色になった唇が譫言のように呟く。皺枯れた腕...色が抜けて藁のような乱れた髪.....まるで老婆のようなその姿に俺は身を竦ませた。 「振り切れ!構うな...時間がない」  ミハイルの声が無情に響き、俺は咄嗟に彼女の手を振り払った。 「薬物中毒の末期患者だ。私達には手に負えない」  躊躇う俺を叱咤し、ミハイルが先へと足を進める。他にも俺達の存在に気づいたらしく、あちらこちらから枯れ枝のような腕が伸ばされてくる。俺達はそれを必死で振り払いながら、地下通路を抜け、鉄の扉の前に辿り着いた。  爆音は、一層激しくなっている。  ミハイルがワイヤレスで何かを指示しているが、爆音に消されて殆ど聞こえない。 「なぁ、いったい、あの凄まじい音はなんなんだ?」  俺はミハイルの耳許に口を寄せ、辛うじて音の収まるのを捉えて、訊いた。 「あぁ、Su-57の改良型だ。FGFA用の性能テストってやつだ」 「ステルスかよ.....!じゃああの機影は...」  俺が見たのは..... 「小型の偵察機だ。奴らのレーダーでは捕捉できない....。安心しろ。爆撃させてるのは武器庫と麻薬の倉庫だけだ」 「安心しろって....誤爆しないのか?!」  俺はさすがに呆れて訊いた。が、ミハイルは平然と言った。 「空軍のパイロットの腕を信じろ」 「空軍....て、ロシア空軍まで引っ張ってきたのか?!」 「『演習』にな。行くぞ」  ミハイルが、改めて銃を構え....俺達は地上へと駆け上がった。    

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