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ミハイルside 8~奪還~

「待たせてすまん...」  淡い色の薄物まとった彼の背中を抱きしめる。綺麗に結った髪の後れ毛が項に零れて、ラウルの色香をいや増していた。私は彼の温もりに生き返った心地だった。 「ミーシャ、これ外して....」  しかも突きだした両手は枷で戒められ.....地上に囚われた天女そのものではないか.....。 「崔もなかなかいい趣味をしてるな...」  思わず呟いた私にラウルがむくれて言った。 「いいから...!」  出来るだけ身体から離して両手を突き出させ、間を繋ぐ鎖を撃ち抜いた。銃声は爆音に掻き消されて外には響かない。 「行くぞ!」  私は彼の手を取り、部屋を飛び出した。 「待って」  彼はふと足を止め、傍らで息絶えている崔の部下の手からアサルトをもぎ取り小脇に抱えた。 「お前な....」  相変わらずの性格に思わず眉をしかめると、彼が口を尖らせた。 「ストレス溜まってんだ!」  廊下を走りながら、向かってくる崔の部下を撃ち倒し長い廊下を走り抜ける。赤外線ランプを幾つも擦り抜け、トラップを破壊しながら進む。 「こっちだ!」  私は侵入経路に使った一枚の扉の前で止まり、彼を招き入れた。あまりいい心地のしない場所だが、安全を考え、薄暗い赤いランプの下、彼の手を引いて用心深く進む。 「ここは?」 「地下通路だ。.....あまり周りを見るな」 とは言えやはり、人の習性で、彼は周りに視線を走らせて、顔をひきつらせた。 「え?...」  目を見開き、唇を震わせて彼が問う。 「これは.....」 「内臓を抜かれた後の遺体だ。まとめて焼却するつもりだろう」  私は仕方なく手短に答え、彼は思わず目を背けた。死臭に混じって、異様な匂いが扉の向こうから流れてくる。 「麻薬だ。吸い込まないようにしろ」  私は小声で叫んで、ハンカチーフで鼻と口を押さえた。先ほど鍵を撃ち抜いた扉の空間に身を滑らせる。 細い通路の両脇に幾つもの鉄格子の填まった扉が続き、力無く何体もの肉体が横たわっている、 ...と、その中の一体の手がラウルの服の袖を引いた。 「な、何....」  ラウルが振り返ると、細い骨ばかりになった少女の指が袖の端を握りしめていた。 「薬を....薬をちょうだい....」  幽鬼のような少女の姿に彼は身を竦ませ、硬直した。 「振り切れ!構うな...時間がない」  私の決死の叫びに彼は咄嗟に彼女の手を振り払った。 「薬物中毒の末期患者だ。私達には手に負えない」  躊躇う彼を叱咤し、私は先へと足を進める。他にも私達の存在に気づいたらしく、あちらこちらから枯れ枝のような腕が伸ばされてくる。私達はそれを必死で振り払いながら、地下通路を抜け、鉄の扉の前に辿り着いた。  爆撃はまだ続行されていた。  私はワイヤレスでラウルを確保したことを伝え、要塞の中枢、指令棟への爆撃を指示した。 「なぁ、いったい、あの凄まじい音はなんなんだ?」  彼が私の耳許に口を寄せ、辛うじて音の収まるのを捉えて、訊いた。私も彼の耳許で答える。 「あぁ、Su-57の改良型だ。FGFA用の性能テストってやつだ」 「ステルスかよ.....!じゃああの機影は...」  彼は目を丸くして叫んだ。 「小型の偵察機だ。奴らのレーダーでは捕捉できない....。安心しろ。爆撃させてるのは武器庫と麻薬の倉庫だけだ」 「安心しろって....誤爆しないのか?!」  彼は呆れたように言ったが、そんなことは気にしていられない。私達は、神が守ってくださる。 「空軍のパイロットの腕を信じろ」 「空軍....て、ロシア空軍まで引っ張ってきたのか?!」 「『演習』にな。行くぞ」  私は改めて銃を構え....地上へと駆け上がった。  私達はバックヤードまでどうにか辿り着き、壁に背を預け、慎重に進んだ。息を詰め、耳と目を研ぎ澄まして、一歩ずつ外界へと近づく。『外』の世界が、歓喜に満ちた光溢れる空間がやっと見えてきた、その時だった。  あの忌まわしい影が、その光を遮ったのだ。  

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