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第73話
困惑する俺を逃すまいとするように、両腕に力を込めて俺を押さえ付け、ヤツが言った。
「イラクに従軍したのは一年かもしれないが、それ以前に別な場所で軍事訓練を受けていたはずだ...」
ミハイルの目が鋭さを増し、俺を見据えた。
「お前の足取りが三年間、空白になっている。何処にいた?.....ドイツか?アメリカか?」
「何を急にそんな.....」
俺は何とか言い繕う言葉を探した。が、獅子の目に、ブルーグレーの瞳に射抜かれて、俺の唇は勝手に白状した。
「ベルギーだ....。オヤジに言われて.....軍事教練は受けていたほうがいいから....って。だからって何で?」
ミハイルが大きく溜め息をついた。
「お前が行ったのはNATOのスパイ養成所だ。ハッキングもそこで習得したろう?」
俺は正直、動揺した。教官には普通の軍事訓練と聞いていた。
「確かに習ったが、スパイなんて一言も聞いてない」
「常に最初から全て明かして使う訳じゃない。時期が来るまで伏せておくこともある」
「だからって、なんでロシア諜報局が知ってるんだよ!」
「それは機密事項だから言えない。が、諜報局 のリストにお前の名前があった」
なぜミハイルがロシア諜報局のリストを知ってるのかも気になったが、 トレーナーのイリーシャのことを考えれば、深い繋がりがあったとしても不思議ではない。
「だから、私が買った」
「買った?!」
ミハイルの言葉に俺は眉をしかめた。
「お前の始末をする権限を買ったんだ、諜報局から.....な。そうしなければ、お前は間違いなく消されていた」
「そんな......」
一介のチンピラやくざに過ぎなかった俺には到底理解できない話だった。
「何とか恭順させて、奴らの標的にはならないと示したかったんだが......お前は跳ねっ返り過ぎた」
「悪かったな.....」
「だから.....他の奴らの手にかけるくらいなら......と思ったんだ。ラウル......お前が他の誰かに殺される姿など見たくなかったから....」
「ミーシャ......」
うっすらと、ヤツの眼に涙が浮かんでいた。
「だから.....あの偶然は、私にとっては、神の恩寵そのものだった。こうして、何の問題もなくなったお前を抱きしめられる」
俺は胸が熱くなった。.....だが、問題はあるだろう。
「彼は?俺の身体に入ったアイツは大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。マレーシアにいる間に刺青は消させて、痕も消した。顔は日本の私の配下に整形させた」
「医者までいるのか....」
俺は言葉が出なかった。が、ひとまず安心した。が.....。
「お前、俺がサンクトペテルブルクを出てからの動向を全部探ってたのか?......まんまストーカーじゃねぇか?!」
ドン引きする俺にミハイルは平然と言った。
「当然だろう。ラウル、私にはお前以外求めるものは無かったんだから...」
「あのなぁ......」
俺はそれ以上、何も言う気にならなかった。
ーやっぱり、こいつは魔王だ......ー
「崔になんぞ、指一本触れさせない」
息巻くミハイルの頭を抱き寄せて、額に口づけた。
「大丈夫だ。俺は.....父さんの仇を取るだけだ」
ヤツはようやく微笑んで、俺を抱きしめた。
ー邑妹(ユイメイ)、やっぱり育て方間違ってる.....ー
今度逢ったら、絶対にクレームを入れてやる。俺はそう思いつつ、ヤツの金色の鬣をひたすら抱きしめていた。
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