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ミハイルside 6~奪還計画~

 約二週間ほどして、大体の傷は塞がりつつあった。私は一日も早くラウルを奪還せねばならなかった。が、ニコライ達はなかなか頭を縦には振らなかった。 「焦るお気持ちはわかりますが、まだ、傷が完治してません。もう少し我慢してください」  ニコライの冷ややかな口調に、私は一層苛立った。ラウルの温もりの無い冷たいベッドにひとりで眠る度に心が引き裂かれそうに痛み、身悶える日々が続いていた。 「そんな悠長なことを!....ラウルの身に何かあったらどうするんだ!奴は何をするかわからないんだぞ!」  私は思わず絶叫していた。 「薬漬けにされて暴行されているかもしれないんだぞ!」  切羽詰まる私にニコライは淡々と言った。 「大丈夫です。邑妹(ユイメイ)さんがついています。.....もぅすぐ準備が整いますから、もぅ少々の辛抱です」 「準備?」  歯噛みする私にニコライはタブレットを差し示した。 「ラウルさんの居場所は特定できました。メコン川の上流、ゴールデン-トライアングルの密林の中に、崔の要塞が出来ていました。ラウルさんが囚われているのは、その中心部、崔の私邸の奥です」 「要塞だと?」 「はい。周囲に車両の通れる道はありません。どうやら船舶とヘリコプターで物資を運んでいるようです。要塞の中には物資運搬のための道路はありますが、港までは見当たりません」  私は深呼吸して画面を見た。土壌の色や草木の生え方が一部的に不自然になっている。 「地下だ。これはプロバイダのマップだろう。ステルスのドローンを飛ばして赤外線の映像を取るんだ」 「それなら、ある」  軽くドアがノックされ、イリーシャが顔を覗かせた。 「軍の偵察機が撮影したものだ」  パサリ.....と数枚の写真がテーブルの上に置かれた。 「軍.....だと?」  私とニコライはイリーシャの顔を見た。 「フェネル将軍に話をしてきた。崔のシンジケートは、テロリストと認識された。レヴァント本社に対するテロ行為、ヴィボルグ城の、文化財に対する破壊行為.....でな」  まぁ、ヴィボルグ城に手榴弾を投げ込んだのはラウルだが、まぁここは伏せておこう。 「レヴァント、君の会社は、既に準国有企業だ。君と君の会社に対する攻撃は、ロシアへの戦争行為と見なされる。よって、ロシア軍は崔のシンジケートへの掃討作戦を実行する。....指揮官は君だ。ミハイル-レヴァント大佐」 「大佐だと?」  私は眼をしばたたいた。 「この任務に関しての、特別措置だ。作戦の準備は進めている。周辺国の同意を取り付けるまで、少し待て」  イリーシャは、かつての軍人の顔に戻っていた。私はしばし考え込み、イリーシャに問うた。 「条件はなんだ?」  国や軍が無償で一企業、一個人の事情を助けることはない。 「君のところで、製作したSu-57の改良型の性能テストを行う。FGFA用のデモンストレーションというやつだ。ミャンマーの軍事政権はロシア政府とレヴァント-ホールディングスにとっての上顧客でもあるのでね」  大国というのは、常に力を周辺国に誇示してその支配力を維持している。ソ連がロシアになろうともそれは変わらない。行動原理自体は我々マフィアとなんら変わるところは無い。いや、人間とはそもそもそういう生き物なのかもしれない。けれど、そればかりではいけない。 「インドのみならず、今回の崔との『戦争』はロシアの軍事兵器のいわばデモンストレーションだ。ミャンマー政府にとってはアヘンや麻薬の利益の独占を妨げる崔ファミリーの殲滅が出来るだけでなく、ロシアの軍事兵器の性能を確かめるいい機会になる」  イリーシャの言葉に私は顔を曇らせながら、だが同意をせざるを得なかった。 「心配するな。君のパートナーは我々が必ず救いだす。.....一時的な薬物中毒の危険はあるが、短期間だ。更生は難しくはない」 「イリーシャ!」  イリーシャは、軍属らしい鉄壁の口調で言った。 「ミハイル、君の愛は彼が一時的に薬物に溺れていたとして、そんなことで、冷めるのか?彼は君のために命を賭けた。崔を完全に亡きものにするために尽力したまえ。それが君の愛の証明だろう」  私には返す言葉が無かった。イリーシャは黙り込む私の肩を叩いた。傷の痛みに、私は思わず顔をしかめた。 「戦争はひとりでは戦えない。私達を信じろ。彼の身の安全の確保には、邑妹(ユイメイ)やエージェント達が力を尽くしている。万全の態勢で臨めるよう、尽力したまえ。それと.....」  イリーシャは立ち去り際に少し口許を歪めてニコライに言った。 「ヴィボルグ城の修復はそちらに頼む。間もなく見積りを出させる」 「かしこまりました」  ニコライが丁寧に頭を下げてイリーシャを見送った。 「私は軍人になどなった覚えはないぞ」  眉をひそめる私にニコライは溜め息混じりに言った。 「借りができましたが、まぁやむを得ません。いずれ返せます。それとラーツィの件ですが...」 「腹心がラーツィを売ったようです。まぁ、始末しておきましたが...」 「そうか....」  私は改めてニコライの整った横顔を見た。おそらくラーツィを裏切った一派は完全に殲滅されただろう。こいつは誰よりも冷徹だ。私は彼、ニコライだけは敵に回したくないとつくづくと思う。

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