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ミハイルside 9~崔の終焉~

 崔は怒りと呪いに満ちた眼差しで私を睨み付けた。 「私の妻を......菩薩を何処へ連れ去るつもりだ。レヴァント、君はよくよくと仏の慈悲を無にしたいらしいな」  氷点下の緊張が、薄暗い空間を覆った。だが、その台詞は私のものだ。 「その言葉、そのまま返してやる」  私は私の怒りそのままにAT -3000の銃爪を引いた。スフィンクスが火を吹いた。が、崔は微動だにしなかった。ラウルが耳許で叫んだ。   「ミーシャ、駄目だ。奴はサイボーグだ。頭を狙わないと...」  が、その視線の向こうで底闇の目がニタリと笑った。口許が不気味に歪む。 「手遅れだよ。レディ、その男はもう死神から逃れられない」  ジリジリと崔が、生ける死神が私達の方に、幽鬼さながらに瘴気を振り撒き、近寄ってくる。その手にはブローニングのハイパワーが握られている。私の額を冷たい汗が伝った。  すると、突如、ラウルが私を押し退け、崔の前に立ちはだかった。 「ラウル?!」 「退きなさい、レディ!」  私と崔とが、同時に叫んだ。だが、ラウルは微動だにしない。そして、ラウルの唇が、叫んだ。 「崔、お前にミーシャは殺らせない!俺がお前を地獄に送ってやる!父さんに代わって!」 「父さん......だと?!」  崔の眉がピクリと動いた。 「ラウル....そうかお前はあの男の....いや、若すぎる。あの子供は....」  崔の唇が低く呟いた。彼はマシンガンを構え直した。 「お前を地獄へ叩き返すために、生まれ変わったんだ!」 ラウルの指が銃爪を引く...が、崔の身体がゆらりとそれをかわして、宙に舞った。着地した崔の表情はなお無表情だった。が、その目がかつてない狂気を帯びていた。 「可哀想に...そんなに父親に会いたいのか」  ラウルは銃爪を再び引いた。が、カチカチと虚しい音が響いた。弾切れだった。  崔の機械の指がゆっくりと彼に銃口を向けた。その時だった。 「伯嶺!」  鋭い叫びが空間を切り裂き、振り向きざまの崔の身体が横倒しに吹き飛んだ。私達と崔の視界にショットがンを構えた邑妹(ユイメイ)の姿が目に入った。その頬を一筋の涙が伝っていた。 「邑妹(ユイメイ)!」 「もぅ終わりにしましょう.....伯嶺。姉さんが泣いてるわ....」 ー邑妹(ユイメイ)...ー  彼女が銃を下ろし、こちらに歩み寄るために一歩、二歩踏み出した。と見守る私達の目の前で、邑妹(ユイメイ)の身体が崩折れた。血があちらこちらから滲み出し、床を濡らした。 「邑妹(ユイメイ)、君まで裏切るのか」  呻くように呟いた声に振り向くと、崔がむっくりと身体を起こしかかっていた。ブローニングから硝煙がゆらゆらと立ち昇っている。 「てめぇ....!」  私が止めるより早く、ラウルは身を躍らせ、崔に飛びかかった。私の脳裏にしなやかな黒豹が獲物に襲いかかる光景が重なって見えた。 「ラウル....!」  彼は簪を髪から引き抜き、左の第二肋骨と第三肋骨の間、心臓に突き立てていた。  彼の簪に刺し貫かれ、その身体は再び地面に倒れた。....次の瞬間、崔がラウルの襟首を掴み、引き倒された。  奴は....ラウルの唇に口づけて、声になるかならないかの声で呟き.....目を閉じた。 「大丈夫か?ラウル!」  ラウルは崔の指を襟から引き剥がし、駆け寄る私に叫んだ。 「ミーシャ、俺は大丈夫だ。それより.....」  私は頷き、邑妹(ユイメイ)に駆け寄り、抱き起こした。  苦し気に肩で息をしながら、それでも邑妹(ユイメイ)は私達に微笑みかけ、囁いた。 「二人とも無事で良かった.....私の子ども達...」 「邑妹(ユイメイ)!」  私の目を涙が覆った。 ー私の子ども達.......ー  私の胸の中で、その言葉は繰り返されて止まらなかった。私は溢れ出る滴を拭うことも出来ず、だが、立ち上がった。ラウルを邑妹(ユイメイ)をここから救い出さねばいけない。 「急ごう....」  邑妹(ユイメイ)の肩を両方から支え、立ち上った。ラウルは動かなくなった崔を一瞬振り返り、そして背を向けた。  私の見間違いとは思うが....、崔はラウルが襲いかかる瞬間、片手に握った何かのスイッチを押し、かすかにラウルに微笑んだ。  まるで、 『さぁ、刺してくれ...』 と言わんばかりに......。      崔が最期にラウルに何を言ったのかはわからない。ヘリコプターの中でも、彼はそれを明かさなかった。けれど、たぶん崔は、ラウルに自ら刺された。.......彼がラウル-ヘイゼルシュタインと知った時から、崔はその表情にどこか安堵の色を浮かべていた。 ーまさか....な。ー  メコン川の彼方に沈む夕日は、私に何も教えてはくれなかった。

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