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宣告 ①
「え?」
桜井は、たった今聞いたことがすぐには理解できずにもう一度聞き返した。口に入れようとしたミノを皿に戻す。
「今、なんて?」
久しぶりに会った4年ほどの付き合いになる彼女は、もう、聞いてなかったの?と少し拗ねたような顔をしてもう一度口を開いた。
「だからね。もうそろそろ、私たちもはっきりしない? って言ったんだけど」
「はっきりって……」
「だから……結婚、ってことなんだけど」
「…………」
焼き肉店の個室の中。2人の間にある肉を焼く網からは煙がもうもうと立ち上がり、絶えず換気扇へと吸い込まれていく。その煙越しに彼女と見つめ合う。
正直、驚いた。まさか、彼女から逆プロポーズされるとは思っていなかった。桜井が今のところ結婚に対してあまり興味がないことは彼女も理解していると思っていた。確か、付き合う時にもそれは話してあったはずだ。
だが、俺も変な保険をかけたことは否めない。『今のところは』興味がないけれど、それで良かったら。そう言ったのだから。だから今、そろそろじゃないかと言われても文句は言えなかった。だけど、桜井がその気になるまできっと待ってくれるだろうと勝手にどこかで思っていたこともあり、はっきり言って全く『結婚』について考えていなかった。
瞬時に、井上の顔が浮かんだ。もし彼女と一緒にいることを選んだら。もちろん、井上との関係は清算しなくてはならない。結婚してまで他との関係を続けるほどのあざとさも勇気も桜井は持ち合わせていなかった。
黙り込んでしまった桜井に、彼女が軽い口調で再び口を開いた。
「もちろん、今すぐに、ってわけじゃないんだけど……。私ももう若くないし、それに子供も欲しいし」
狡いよな、と思う。
『子供』というキーワードを出されると、男は強く出られなくなる。それが分かっていて、さりげなく触れてくるのだから。別に子供は嫌いじゃない。むしろ好きな方だし、将来子供ができればな、と思う気持ちはある。それがこの彼女とかどうかは別として。
「……最近、真人くん仕事が忙し過ぎてなかなか会えないし。一緒になればそんな問題も解決されるでしょ?」
「まあ……そうだな」
そこで、井上とはなんやかんやで月1度は会っていたことに気づく。彼女とはたぶん、2ヶ月ぶりぐらいかもしれない。
今すぐここで結論を出す気にはどうしてもなれなかった。頭の中を、なぜか入社当時の井上の弾けるような笑顔がぐるぐる回った。
『桜井、なに暗い顔してんの』
今、ここに井上がいたら。そう言って、明るい空気に変えてくれるだろうか。
「……ごめん、ちょと、驚いちゃって……。少し考えさせてもらえるかな?」
「うん、もちろん。そんな急には答えを出すの難しいのは分かってるから」
でも。良い返事が聞けるといいな。
そう言って、彼女はニコリと微笑んだ。
皿の上のミノはすっかり冷たくなっていた。
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