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宣告 ②
朝一の部会議が行われている会議室で、部長が海外支店の業績が芳しくないことを長々と説教している姿をぼんやりと眺める。テーブルの周りには、桜井と同じように部長の言葉など全く耳に入っていないような社員たちの顔が並んでいた。1人を除いて。
俺から数席離れたところに座る井上は、いつもと変わりなく真面目に部長の話を聞いて、時々メモを取っていた。あいつは昔からくそ真面目でなんでも全力投球だったなと再確認する。
あれから1週間ほど経った。その間、彼女からのプロポーズのことばかりが頭の中にあった。井上の悩ましい笑顔と彼女の微笑む顔。どうしていいか分からずうだうだと悩む毎日だった。いや、しかし。一般的に見れば、桜井がすべきことは明らかなのかもしれない。
4年付き合ってきた彼女との結婚。自分の家族も相手の家族も結婚に反対しているわけでもないし特に障害はない。むしろ、彼女からは家族に早く落ち着いて欲しいと言われているとさりげなく何度か言われていたくらいだ(その度に、興味のなかった自分は適当に誤魔化してここまできたのだ)。
結婚してしまえば子供もできるだろうし、ごく一般的な『幸せな家庭』も築けるだろう。それに、井上との関係は平坦に言えば『愛人関係』と似ているわけで(別に自分は既婚者ではないし、2人の間に情というものがあるのかも定かではないが)。
男が結婚(もしくは妻にバレたとき)を機に身辺整理をするのは普通だし、そこで愛人を取ることはまずないだろう。ましてや、井上は男で仕事仲間だ。どう考えても先々は明るい未来ではなく、茨の道になるだろうと想像できる。なのになぜ。自分は2人の間で迷っているのだろう。
そこではっと気づく。
自分はなんで井上と彼女を比べているのだろう。井上を取る『選択』自体を考慮に入れて結論を出そうとしているのだろう。
そもそもそこからおかしい。自分と井上は感情で繋がる関係ではなかったのだから。井上だって、きっとそうだ。もし仮に自分が井上との関係を選んだとしても。井上も混乱するだろう。というより、笑うかもしれない。
『何してんだよ。バカじゃないの』
そう言って、彼女の元へいけと説教されるかもしれない。
そうだ。自分には選択すらもなかった。井上を選ぶ権利も、そもそも井上を自分の『もの』だと考える資格も。ただ、彼女と結婚するかどうか。それだけなのだ。
だったら。今の彼女と将来を共にできない理由などない。
ふと、視線を感じで顔を上げた。井上と真正面から視線が合った。
「…………」
さっきからずっと自分のことを見ていたのだろうか。ここ1週間ほど、悩むが故に井上を避けていたことに気づかれていたのだろうか。
井上が、静かに笑顔を見せた。
途端に、桜井の中のどこかが疼きだした。いつもの、誘うような、自分にしか分からない笑顔。
もう一度だけ。
井上に会いたい。
どうせ、この関係を終わらせるために井上と一度対峙しなければならない。だったら、直接会って話をしたい。こいつとはこの先も仕事仲間として一緒にいなくてはならない。だから、後腐れなく終わらせたい。井上だってきっとそうだろう。
会議が終わり部署へと戻る。席に着くとすぐに鞄から携帯を取り出して井上に近々会いたいとメールした。
その夜、井上から返事が来た。
『明後日の夜だったら空いてる』
俺は頭の中でスケジュールを確認し、井上へ了解の返信をした。
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