8 / 13

終焉 ②★

「なんか珍しいな、桜井がそんなこと聞いてくるの」  そう言って、井上が笑った 「桜井は? 彼女とはどうなの?」 「ああ……うん、まあまあだけど……」  丁度、彼女の話が出たところで、清算話を切り出そうか迷った。どうしようかと考えていると、井上がじっと桜井を見て口を開いた。 「……結婚か?」 「……なんで?」 「最近、お前よく考え事してただろ」 「それだけでなんで結婚って分かんだよ」 「なんでだろうな? ……長い付き合いだからかもな」  ふっと、井上が笑った。 「……で、止めたいんだろ? 俺と会うの」 「…………」  井上の方からはっきりと口に出されて、なんと返していいのか分からなかった。そうだ、と言えばいいだけなのに。なぜかその一言がすぐに口から出なかった。井上は桜井が何も言わないことを特に気にした様子も見せずに話を続けた。 「まあ、俺らもいい歳だしな。そろそろ落ち着くのも自然なことだと思うし。それにお前は昔から子供好きだって言ってたし。丁度いいタイミングなんじゃない?」 「……そうかな」 「そうだと思うけど。お前と関係があった俺が言うのも変だけどさ」 「……井上」 「ん?」 「……ごめん」 「…………」 一瞬だけ。井上の顔が歪んだように見えた。が、そう思った時には、明るさを前面に出した笑顔をこちらに向けていた。 「何してんだよ。バカじゃないの。なんでお前が謝んだよ。謝ること、なんもないじゃん」 「だけど……」 「桜井。俺らの関係は、一時のもんだろ」 「…………」 「そこになんにも存在してない。全く別ものなんだよ。別の世界にいたようなもんなんだって。だから……そこで起きたことは、幻みたいなもんなんだから。罪悪感とか感じなくていい。何にもなかったみたいに普通にしてりゃいいの」 「井上……」 「呑もうぜ。めでたいことだろ」  ほら。井上が桜井のグラスに酒を足して突き出した。そのグラスを半ば条件反射で受け取る。  あっさりと話はついてしまった。もめることもなく。なのに。なぜか気持ちは全くすっきりしなかった。  実を言えば、井上の反応は桜井の予想通りの反応だった。こいつは、桜井の言うことは間違いないと思っている。桜井がしたいことは井上がしたいことだと思っている。いつでも。一度も。井上から何かを桜井に求めてきたことはないし、反論されたこともない。  それは時として、桜井をとても苛々させるものになる。  このままここにいると、井上を傷つけてしまうような気がした。帰ろうか。そう思い、腰を上げようとした時。  ぐっと、腕を捕まれた。 「桜井……」  井上が桜井の左腕を強く掴んでいた。こちらを向く井上の仕草がスローモーションのように見えた。 「……どうした?」  そんな泣きそうな顔して。  お前が言ったんだろ。俺たちの関係には何にも存在しないって。喜びも。悲しみも。憎しみも。優しさも。罪も罰も。愛も欲も。なのに。なんでそんな顔してんだよ。 「……もう一度だけ……」  振り絞るように、井上が答えた。それだけで十分だった。最後まで聞かずに、井上の唇を塞いだ。

ともだちにシェアしよう!