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たんすのおんなとはこびやかぎょう:03

 ダイレクトに、舌が感じる味に酔うように目を閉じる。  甘い。しょっぱい。酸っぱい。苦い。  本当はもっと複雑で、きっとボクが知らないような表現があるのだろう。けれど、久しぶりに直接的な味の刺激を受けているボクの脳はそんな細かい事まで認知してくれない。  甘い。しょっぱい。酸っぱい。苦い。  十分だ。これだけ感じることができれば、十分だ。 「……それ、本当に全部食うの?」  たぶん、これは二回目の問いかけだ。ボクは先ほどと同じようにただ当たり前のように『はい』と答え、質問をした人は呆れたように珈琲を啜った。  エリちゃんもブラックコーヒーが好きだった。ボクはそもそも味という概念が不明瞭だったし、ただでさえ荒れている胃をカフェインで攻撃したくなかったから、普段から珈琲は飲まなかった。  水でも珈琲でもジュースでもビールでも。大概は腐った泥水のような味がする。エリちゃんの結界の中はまだマシで、味のない液体という感じだった。  今は違う。今だけは違う。オレンジの味がする。黄色いだけの泥臭い腐ったような液体じゃない。これはちゃんとオレンジジュースだ、と認識できるし、想像した通りの味がする。  嬉しい、なんて感情はもう通り越していて、感動しすぎて訳がわからない。常に涙ぐみながら料理を口に運んでいるせいで、若干向かいに座る人に引かれた、ような気配はした。  ……いつものことだから、気にしないけれど。でも、他の誰にどう思われようと気にしないし、出来れば誰とも接触したくないから嫌われるくらいがちょうどいいと思っているボクだけれど、彼に誤解されるのは少し、というか、かなり、嫌だなと思う。  何から話そう。何からなら、話せるだろう。  そういえばボクは普段からほとんど声を出さないから、自分の声を聞いたのも久しぶりだった。エリちゃんが死んでからボクはまたあまり喋らなくなった。仕事以外で言葉を選ぶのは久しぶりで、料理の味とは関係なくなんだか涙が出てきそうだった。  甘い。しょっぱい。酸っぱい。苦い。苦しい。切ない。嬉しい。  ああ、そういえば、感情なんてものも、味と同じく久しく忘れていたのかもしれない。

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