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たんすのおんなとはこびやかぎょう:07
口に含んだものが不味いのは当たり前で、鼻を抜ける臭いが酷いのも当たり前だったから、急に正常になった味覚に驚いた。
それと同じように、避けられるのが当たり前で、気持ち悪がられるのが当たり前だったから。
急に、ボクの前に現れたとても普通なこの人に、驚いてばかりなんだと思う。
吐く時に、背中を摩られたのはいつぶりだろう。エリちゃんの前で吐く事はなかったから、もしかしたら、初めてなのかもしれない。
胃の中からせりあがってくる肉の塊はどろどろと腐っていて、その割にきちんと形を保っているから嫌だ。食道を通る髪の毛がべたべたと喉に張り付いてまた吐き気がこみ上げる。物理的に辛くて涙が出るのに、今は、他の要因もあって涙が止まらない。どうしよう、鼻水まで止まらなくて、ボクの顔面は、いつも以上にきっと酷い。
吐ききった後にタオルを差し出されたのも、人生で初めてで、声を殺して泣いてしまった。
知らなかった。びっくりした。罵倒する言葉以外で泣けることを知らなかった。痛みと吐き気以外で泣けることを知らなかった。
ボクはこの日まで、優しさだけで、こんなに胸が苦しくなることを、知らなかった。
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