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たんすのおんなとはこびやかぎょう:09
部屋の中はがらんとしていた。
いつもと同じ部屋。いつもと同じベッドの上。
古すぎてボロボロの壁はシミが出来ていて、たぶん、どこの部屋もびっくりするくらい古いから、このアパートは入居者が少ないのだろう。それでも人がいないわけではないから、口の中のレモン味はうっすらと薄れ、独特の錆臭さがじわりと広がった。
口の中の甘さはすっかりなくなってしまったのに。
ボクは、どこかおかしくなってしまったのではないかと思うくらい、熱くて、暑くて、どうしようもなくて、叫びたいような気持をどうすることもできなくて、いっそ吐きたいのにご飯は全部消化されちゃってて、結局顔に枕を押し付けて仰向けに倒れた。
恋をしたんだ、と笑ったエリちゃんを思い出す。
その一年後、同じような顔で、結婚するんだと言ったエリちゃんの事も覚えている。エリちゃんが笑ったのはその二回だけで、そうか恋ってそんなにすごいのかとボクはとても不思議に思っていた。
……確かに、すごい。こんな気持ちを吐き出さずに抱え込むだなんて、世の中の人たちはとてもすごい。
カラコロと口の中ですっかり味のなくなってしまった飴を転がしながら、レモンの甘さと匂いを思い出しボクは、何度目かわからないため息を吐いた。
それは少し甘くて、決して憂鬱ではない、とても珍しいため息だった。
終
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