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うらみはきだすさかさうた:03

外を歩くのは嫌いだ。 勿論、家の中に居たって嫌な事は襲ってくる。それでもやっぱり、外よりはマシではある。 外を歩くのは嫌いだ。 だから、絶対にマスクをする。 ほんの少し酒を振ったマスクは酷い匂いがするけれど、ボクはもう慣れてしまった。酒のにおいよりももっとひどいものが、大抵は口内を満たすからだ。 腐ったような。ヘドロのような。酸っぱいような。苦いような。ゴミのような。土のような。焼けた髪の毛のような。汚物のような。 思いつく限りのものを上げても、ボクの口の中に満ちるこの不快感を表すことは難しい。どれか一つならばまだ耐えられても、波や風のようにそれは流動してボクを襲う。 だからいつも真っ黒な服を着る。 だからいつも黄色の傘をさす。 ボクが避けるより、避けてくれた方が楽だ、と気が付いたからだ。 ふらふらと歩いているのも変人の演出か、とメイシューさんが訊いた。 ボクは久しぶりにマスクもなく酒も傘も常備せずに、ふらふらと歩きながらこれは癖ですと答えた。 メイシューさんは軽快に笑う。飛び跳ねる動物みたいに軽やかに笑う。ボクは彼が笑う度にどうしていいかわからなくなって戸惑い、息を吐く事で精いっぱいになる。もっと彼みたいにすらすらと、言葉を吐ければいいのに。ボクが吐くのはいつも、言葉ではなくもっともっと醜くて汚くて不味いものばっかりだ。 それでもこの人の隣の心地よさは、何物にも代えがたい。口の中に放りこんだ飴は。今日はきちんとレモンの味がする。メイシューさんが横に居るときは舐める必要もないのだけれど、少し癖になっているのだと思う。 外を歩くのは嫌いだ。 でも、メイシューさんの隣を歩くのは、たぶん、すごく好きだ。

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