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あわれおりなすあねはこび:01
昔、えりちゃんは、『感情なんてもの、無い方がいいのかも』と言った。
それは彼女の世間に対する考え方だったのか、それともボクに対しての助言だったのか、今となってはわからない。
そもそもえりちゃんは、感情をあらわにする人ではなかったし、ボクは何かを考えたり思ったり笑ったり怒ったりするよりも何よりまず生きる事に必死だったから、どちらが主語でもありえる言葉だろうと思う。
感情なんてもの、無い方がいいのかもしれない。
この言葉をボクは理解しているつもりでいた。日々、考える事はたくさんあって、感じる事は多すぎて、感覚も感情も時間の流れについていかない。生きる事だけでも必死なボクに、そんなものをさばいている時間も余裕もなくて、感情を持たないというか、持てないままそれなりの時間を生きてきた。
感情なんてもの、無い方がいいのかもしれない。
えりちゃんが、これをどういう意味で口にしたのかは、やっぱりわからないし、これからもきっとわらかないだろうけれど。
ボクは今、確かに、感情なんてもの、無い方がいいのかもしれないと思っていた。
鳩尾というのだろうか。胃の上のあたりが、ぐうっと重い。何も食べていないのに、別に吐きそうでもないのに、こんな風に臓器が痛むなんておかしいし、最初はその原因がわからなくて本当にびっくりして蒼白になった、と思う。現にガラスに反射するボクの顔は、いつも以上に厳めしくまるで幽霊か急患のように見えた。
真っ黒の服が無くても、黄色の傘がなくても、半身のタトゥーがなくても、こんな顔の人間がふらふらとしていたら、お節介な人以外はきっと近寄らないだろう。
感情なんてもの。
そんなもの、ボクの中に存在するだなんて思ってもみなかったのだ。
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